●カラダのある部分に頼り過ぎたり、守ろうとし過ぎたりしていませんか? ヒザとヒジの動きはよい影響を与え合っていますか?
こんにちは、身体術研究者の甲野陽紀です。今日のゲストは、「手の力を活かせ!」編でも協力をしてもらった、介護施設で働くWakaiさんと、 小さい頃から空手に親しんできたという大学生のIshiguroさんです。カラダを動かすことには慣れている二人ですが、カラダの使い方にはやはり“個性”があらわれるようですよ。
「上体から動くタイプ」と「脚から動くタイプ」
稽古では、さまざまな道具も使いながら、カラダの個性をチェックする
――二人の動きを見比べると、明らかに動きのタイプが違うなあ、という印象を受けますがどうでしょうか?
そうですね。Ishiguroさんの場合は腰高のまま上体から動くタイプ。
前回のタネエディターに似たタイプですね。Wakaiさんは脚から動いて、まずしゃがみ込み、それから座布団を抱える動作にはいっています。初動の動作は、
前回のKaoriさんとよく似ています。
上下の動きは対照的に見えるのですが、一方で共通しているのは、ヒジの伸縮を二人ともあまり使っていない、ということですね。
――たしかに、二人ともヒジの動きは小さいですね。
ヒジの伸び縮みを使わない動きでは、持ち上げる動作が腰に頼ることになります。そのぶん、腰に負担がかかりやすい動き方になってしまいますから、指先からの動きを生かして、ヒジをやわらかく使ってあげると、見た目にももっと自然で楽な動作になると思います。
“カラダの個性”はどのあたりに?
Ishiguruさんの場合
腰高の姿勢になる人は、足首が硬いこともあり、ヒザと鼠蹊部(そけいぶ/足の付け根部分)が十分に使われず、腰から上の動きに頼っている場合が多いようです。関節に硬さがある、習慣として腰の働きに頼っている、など理由はいくつかありますから、「自分はなぜ腰高なんだろう?」とまず自分のカラダの使い方をチェックしてみてください。腰高でもカラダ全体の連動性が高ければ、部分的に大きな負荷がかかることはないと思いますが、腰高姿勢の人はやはり上体の動きに頼りがちです。そのぶん他の部分の動きが小さくなり、カラダ全体のつながりが弱くなってしまう傾向があります。Ishiguroさんの場合も、ヒザが十分に使われていないことが、ヒジの動きにも影響し、そのことがまたヒザの動きをさらに制約する、という循環になっているように見えますね。カラダ全体のつながりが十分生かされているかどうか。ここは確認したいポイントですね。
Wakaiさんの場合
Wakaiさんは、仕事中に腰を痛めた経験があると聞いています。そうした“痛い”経験を活かそうと、腰に負担がかからないような、とても慎重な動作になっていると思います。腰に頼らず、足首とヒザ、鼠蹊部の動きを十分に引き出そうとする動き方ですね。ただ、腰を守るという気持ちが強いぶん、その影響で背中がわずかに反り気味になり、首が緊張してアゴがあがってしまう状態になっています。これは個性というより、注意の向け方によって変わることだと思いますが、このあたりの緊張感がとれる動きが出来るようになると、もっと楽になってくると思いますよ。
“個性”を生かし、かつカラダに負担のない動作をするなら?
Ishiguruさんの場合
腰高の姿勢が腰と首に頼る動きにつながっていますから、足首やヒザ、鼠蹊部、ヒジといった他の部分の動きをもっと引き出したいですね。そのきっかけになるのは、まず下半身の動きですから、しゃがみ込む前に、軽く足踏みをしてみる、とくにカカト先からの足踏みをしてみると、感じが変わってくると思いますよ。
Wakaiさんの場合
いまは「腰を痛めないように」という気持ちが強く出ている状態ですが、それは腰を痛めてしまった経験から、自分のカラダに対して少し信頼を失っているところがあるからだと思います。この不安感をまず取り除きたいですね。練習としては、たとえば、 水の入った桶のように、重心が揺れ動くものをもってみるのはいいかもしれません。桶の中の水は外からの力に対して敏感に反応しますから、緊張しすぎていたり、力をいれすぎたりしているとなかなか安定してはもてないと思います。が、その不安定な感じが逆にカラダに「力が入り過ぎているよ」と教えてくれることにもつながって、状況に合わせた力加減やバランスの取り方が自然に出てくるようになるのでは、と思います。
Ishiguroさんヒジの動きが小さいので、それがヒザの動きにも影響している様子が見てとれる。ヒジの動きを引き出すためには、座布団が動きをリードする感覚で(つまり指先から動く)。そうすると、座布団をもち上げる動きが脚や腰の伸びる動きよりも先に行なわれることになり、自然にヒジが曲がる動作が生まれていく。ヒジがやわらかく動くようになると、ヒザの動きにも好影響が波及する。「ヒジとヒザの動きは影響しあっている」は日々是流カラダの法則のひとつ。ヒザを動かしたいときはヒジをやわらかく、ヒジを動かしたいときはヒザをやわらかく、を心がけたいですね!
Wakaiさん本文中でも触れたように、Wakaiさんの場合は「腰を守る」気持ちの強さが、背中や首周辺の緊張感につながっている模様。「腰を痛めた経験から、カラダの軸をまっすぐにする心がけをしているように思います。腰への負担はそれでカバーできると思いますが、そのぶん細かな対応や繊細な動きについては、少し対応が遅れるなど苦手とする場面が出てくるかもしれません。もしそんな場面に遭遇したら、「まだ緊張感があるんだなあ」と自分の動きを確認してみてください。カラダからそうした緊張感がとれて、自然に動けるようなると、気持ちにも安心感が生まれて動きもさらに変わってくると思いますよ」と陽紀先生
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カラダの使い方は、ひとりひとりの個性と経験から生まれてきたものです。一概に良し悪しを決めつけるのではなく、自分のカラダの使い方の特徴を知り、その個性を生かすことを大事していくことが、自分流の介護術の発見にもつながることだと思います。
次回は女性ゲストを迎えてお届けします!
◆ Profile ◆
甲野陽紀(こうの•はるのり)
身体技法研究家。東京•多摩市生まれ。高校卒業後、「古武術介護」の提案者としても知られる武術研究家の父、甲野善紀氏の補佐役として各地の講習会などに同行する中で、ささいな動きの違いから感覚がさまざまに変わっていくカラダの不思議さ、奥深さを改めて実感し、特定の方法やジャンルによらない独自の視点からの身体技法の研究を始める。見る、触れる、曲げる、といった、わたしたちが日々、何気なく行っている動作からカラダを見つめ直すことで新しい感覚が生まれていく“発見の体験”は、多くの方の共感を呼び、全国各地の講習会、講演会などで活躍中。スポーツや武術、音楽、医療、介護、運動嫌いの方のための身体講座まで、講座のテーマは幅広く開かれており、ファン層も多彩。都内では、朝日カルチャーセンター新宿•湘南、よみうりカルチャー自由が丘などで定期的に講習会を開催している。日々のくわしい活動はオフィシャルウエブサイトへ。
http://hkhp.p2.bindsite.jp/index.html