こんにちは、身体技法研究家の甲野陽紀です。2014年もどうぞよろしくお願いいたします。さて、昨年末から取り組んできた「抱え上げる」動作。今回はさらに接近してみていくことにします。
<協力 身体技法研究家 甲野陽紀氏/文・構成 佐藤大成>
「強く抱きしめる」のではなく、「やわらかく包み込むように」
タ 先に質問があるのですが。
陽 はい、なんでしょうか?
タ 陽紀先生の場合、抱き上げるとき、さほど力を使っていないような感じがするのですが。力というのはいわゆる腕力とか脚力という意味ですが……
陽 そうですね。実感としてすごく腕力を使っている、という感じはありませんね。もちろん、何か動作をするだけも筋力は使われている、という意味でなら、使っているということにはなりますが。
タ やっぱりそうですか。ぼくの場合は、どうしても力を入れる感じになってしまうんですよねえ……どこに違いがあるのか、ということを今日はぜひお聞きしたいと思います。
陽 わかりました。では、ズームアップしていきましょうか。「抱え上げ」動作の場合、「実際に抱え上げるまで」が実は大事なんです(写真a)。
タ なるほど。ということは、まず「両手で相手を抱える」動作にポイントがあるわけですね。
陽 ここは本当に大切なところなんです。タネエディターの場合は、どんな感覚でした?
タ 強く抱きしめようとしていたような気がしますね。持ち上げるという意識があるせいか……
陽 そうなりがちですよね。でも、その感覚の逆のほうが実際はいいのです。
タ 逆、ですか?
陽 「強く」の逆というと「弱く」ともとれますが、「やわらかく」と表現したほうがいいかもしれませんね。「やわらかく」抱きしめていきながら、同時に、「密着感」が十分に感じられるかどうか――動作の感覚としては、ここを目指したいところです。
タ そういう感覚なんですね……では、具体的な動作としては?
陽 相手のカラダに両腕を回すと輪ができますよね? その輪の内側全体が、包んでいる相手のカラダと十分に密着できているかどうか。そして、その密着感を大事に保ちながら、持ち上げ動作に入れるかどうか――ここが最初のポイントです。
タ 腕とカラダで輪を作り、その輪で相手のカラダを包むようにする、と。
陽 はい。次に、その密着感をつくるためにどう手を回し入れていくか、ということですが、両手を回したときに、輪の密着感がうすくなりがちなところがあります。それは相手の両脇です。
タ なるほど、ヒジの内側はどうしても隙間ができやすいですからね。
陽 ですから、最初から相手の脇に軽く触れながら手を差し入れていくこと――ここが大事なところです。
タ そこにまず違いがあったんですね。ぼくはまったくそういう気持ちはなかったですから。
陽 その結果として、自分のヒジが相手の脇腹あたりに触れ、カラダをやわらかく支えるような感じになります(写真b、c)。抱えるときの密着感がこれだけで変わってくるんですよ。次に、そこで出来た密着感を失わないようにしながら、お腹のあたりまで手をぐるりと回します(写真d)。
タ うーん、これはいい感じです!
陽 わかりますよね? このとき人差し指を写真のように立てておきます。同じようにして、もう一方の手を回し(写真e)、十分に両手が相手の方のカラダを包み込むことができる手応えが出来たら、立てていた人差し指を軸にして手首を下に返すようにします(写真f)。
タ おーっ! これはすごい。密着感がさらにしっかりしてきました!
陽 ここまでくれば半分は出来たも同然です。
タ 大まかな動作としては、どこも変わったところはないんですが、感覚がまるで変わってきますねえ……でも、これで半分とは?
陽 次回へ続く、ということです(笑)
◆ Profile ◆
甲野陽紀(こうの•はるのり)
身体技法研究家。東京•多摩市生まれ。高校卒業後、「古武術介護」の提案者としても知られる武術研究家の父、甲野善紀氏の補佐役として各地の講習会などに同行する中で、ささいな動きの違いから感覚がさまざまに変わっていくカラダの不思議さ、奥深さを改めて実感し、特定の方法やジャンルによらない独自の視点からの身体技法の研究を始める。見る、触れる、曲げる、といった、わたしたちが日々、何気なく行っている動作からカラダを見つめ直すことで新しい感覚が生まれていく“発見の体験”は、多くの方の共感を呼び、全国各地の講習会、講演会などで活躍中。スポーツや武術、音楽、医療、介護、運動嫌いの方のための身体講座まで、講座のテーマは幅広く開かれており、ファン層も多彩。都内では、朝日カルチャーセンター新宿•湘南、よみうりカルチャー自由が丘などで定期的に講習会を開催している。日々のくわしい活動はオフィシャルウエブサイトへ。
http://hkhp.p2.bindsite.jp/index.html