看護師として病院、訪問介護、有料老人ホームと、働く場所を変えながら、看護の視点で患者さんや高齢者をケアしてきた山本千鶴子さん。世間的に見れば、そのまま資格を生かして手堅く生きていく方法もあったかもしれません。しかし、思うところあって、幸(高)齡者ハンドセラピストになりました。
高齢者の手をやさしくとってハンドケアをするこの仕事から得ることの大きさ――。そこに、山本さんが情熱を注ぐ理由があるようです。今回から4回の、山本千鶴子さんのお話は、高齢者に自分のスキルと心をどのように向けていったらいいのか、悩んでいる人に気づきを与えてくれます。
○●○ プロフィール ○●○
山本千鶴子(やまもと・ちづこ)さん/幸(高)齡者ハンドセラピスト
看護専門学校卒業後、病院の神経内科で看護師として5年務め、結婚。ご主人の転勤に伴って静岡県に移り、訪問看護師に。訪問看護のおもしろさを知り、第一子出産後に介護支援専門員の資格を取得。第二子出産と育児を考え、その後は有料老人ホームの看護師として働く。が、高齢者と日々接する中、高齢者に正面から向き合って触れたいと考え、ハンドマッサージを学び、独立。ハンドセラピストとなる。自ら老人ホームに赴き施術するほか、ハンドマッサージの教室を主宰し、後進の指導にも務める。
幸(高)齢者ハンドセラピスト~ハンドケアはハートケア~
父の看護に後悔が残って
――山本さんは高校卒業後、看護師を目指したのですよね。看護師は憧れの職業でしたか?
いえ、そういう感じではありませんでした。私は静岡県出身で高校までは親元から学校に通っていたのですが、高校を出たら、とにかく家を離れて暮らしたかった。親は「看護師の資格を得れば一生食べていける」と考える人だったので、それを利用して、家を出ようと(笑)。大義名分を得て、横浜の看護専門学校に通いました。そんないきさつだったので、熱意のある生徒ではなかったですね。授業は楽しかったけれど、実習が大変で、ときどき、「ああ、辞めたいなぁ」などと思っていました。
そうこうしているうちに、2年生のときに父が肺ガンになり、横浜の学校と浜松の病院を往復する日々になりました。当時はガンを告知する時代ではなく、父はきちんと知らされず、ただ苦しんでいました。励まそうにも、発見が遅かったので、どんどん衰弱してしまって。
死期が迫ってから、「家に戻っていい」と言われて1日だけ家に戻りましたが、半身麻痺で寝返りも打てず、管がたくさんついた状態で、体もむくんでいては、帰っても苦しいだけです。介護用のベッドも当時はレンタルが難しくて……。在宅では不都合なことばかりで、せっかくの帰宅も、父に疲れさせ、ガッカリさせるだけの結果になってしまいました。そしてその後、すぐに父は亡くなってしまったのです。
――お父様のことで、後悔されたこともあるでしょうね……。
せめて最期は自宅で過ごさせてあげたかったけれど、在宅で過ごす環境が整ってないところに患者を戻してもいいことはないのだという、深い後悔が残りました。今でも、「あのとき、せめて介護ベッドを一瞬でも借りられたら」という思いが消えません。
訪問看護のおもしろさを発見する
大学病院での看護師時代。初々しいですね!
――その後悔が、後につながるひとつの転機になったのでしょうか?
そうですね、今思えば、あれが最初の転機でした。
――看護学校を卒業した後は、大学病院の神経内科の看護師になったのですよね。
はい。大学病院の看護師の仕事はとても忙しいし、ドクターのサポートをする、という意味合いが強く、これもまた、小さな違和感を持って過ごしていました。ただ、大学病院に勤務している間に、他の総合病院の在宅訪問ステーションへ半年間研修に行く機会をいただきました。総合病院で看護師をしながら、訪問のときに同行させてもらえるのです。これが、次なるきっかけになりましたね。
大学病院での仕事、毎日とても忙しかった
大学病院では、どうしても「病気の研究のため」に患者さんをみる、という視点があります。けれど、看護は「人」をみてこそ、です。訪問看護なら、ひとりひとりの病状や生活に合わせて看護ができる。「人をみる」看護に徹することができると、実感しました。勉強や経験を通して、父にはしてあげられなかったことを、訪問看護で実現できるとも思えてきました。
ちょうど5年勤めたところで結婚し、夫が住む静岡県沼津市で暮らすことになり、大学病院を退職。沼津では、迷わず訪問看護師になりました。
――訪問看護のほうが、大学病院に勤務するより時間の融通がきく、ということもありますか? 結婚後の勤務先としては、適切だったということでしょうか。
まあ、そうですね。でも、勤務時間が終わって帰宅しても携帯を持っていて、緊急の場合にはすぐに駆けつけるような勤務をしていたんですよ。しかし、嫌だと思ったことはありませんでした。患者さんに寄り添いたいという気持ちが強かったんですよね。第一子を出産した後は、ケアマネジャーの資格も取りました。看護の知識がありつつ介護に携わるというのがとてもおもしろく、仕事にのめり込んでいきました。
次回は有料老人ホームでの「施設介護・看護」の体験についてお伝えします。