毎回、ちょっと困った介護スタッフの珍行動や、介護現場での珍事件などを紹介するこのコーナー。今週は「介護されるプロ」という話題について紹介します。
介護職を辞めようかと考え出した時に…
この世の中には、それこそ数えきれないほどの仕事があるが、誰でも必ず通過するのが新人時代。ひよっ子の時代に犯した失敗からいかに多くのことを学べるかが、その仕事を続けるための秘訣だ。現在、都内の介護施設で働く30代の女性・Tさんは、新人時代にある利用者から受けた温かい気遣いにより、介護の仕事を続けることができているという。
Tさんは高校を卒業後、芸術系の専門学校に進んだものの、そこで自らの“センスの無さ”を悟り、専門学校で学んだこととはまったく関係のない業界に就職。その後、転職を繰り返した。
そのうち、同居する祖母に介護が必要になり、「フリーターと祖母の介護」という生活を送る日々に。30代が近づいたとき、親の「きちんとした仕事を」という勧めで介護施設に就職した。
そんなTさんだったが、仕事を始めて早々に心が挫けそうになる事態が発生した。もともとおっとりしたタイプだった彼女に対し、先輩からは「要領が悪い」「仕事が遅い」「気が利かない」と、容赦のない言葉が浴びせられ、Tさんはあっという間に「『いつ辞めようか』ということしか考えていなかった」という精神状態に。そんななか、Nさんという入居者を介助する際に転機は訪れた。
入居者のアドバイスで技術を習得
その日、初めてNさんを担当することになったTさん。Nさんをベッドから車椅子に乗せるのに散々手間取り、「もうダメか」と諦めかけたところ、それまで無言だったNさんが突然口を開いた。
「お尻を押して」
「(車椅子の)ストッパーはかかってる?」
「腰に手を回して」
指示どおりに動くことで、Nさんを無事に車椅子に乗せると、Nさんは「新人さんでしょ? ボクで練習して良いから、もう1回やってごらん。慣れれば簡単だから」と言ってくれたのだとか。本来ならば、入居者を練習台にすることなど許されないのだが、Nさんに「ほらっ、早くやってごらん」と促されたTさんは、Nさんの身体を使って「車椅子→ベッド」「ベッド→車椅子」を練習し、コツを掴んだのだという。
その後しばらくして仕事に少し自信が持てるようになったTさん。練習台になってくれたことのお礼をNさんに述べると、Nさんは照れ臭そうに、
「そっちは自分がプロだと思ってるかもしれないけど、ボクの方が“この業界”は長いんだからね。こっちは介護を受けるプロなんだから」と言ったそうだ。
Tさんは、
「確かに我々の方が介護のことを知っているような気になってますけど、入居者は365日24時間介護を受けているわけで、彼らに敵うわけがないんです」と語る。そして、Nさんの「介護を受けるプロ」という表現は、常に心に残っているのだそう。
介護の仕事について「今も辛いと感じることはある」と率直に語るTさんだが、素晴らしい出会いが彼女の心の拠り所になっているそうだ。
おそらく、この入居者のNさんは、慣れなくても真面目に取り組むTさんを見ていたのだろう。だからこそ応援したいと思い、声をかけてくれたのではないだろうか。
叱られたり、人間関係がギスギスした職場にいると、つい上司や同僚の目が気になってしまう。しかし、そんなスタッフ同士のやりとりも含め、もっとも全体をよく見ているのは、実は入居者の方かもしれない。
なにしろ入居者は、さまざまな人間を見ながら経験を積んできた人生の大先輩。真面目に取り組んでいれば応援してくれるし、さぼっていればそれも見抜かれている可能性が高い。
介護施設では、「お天道様は見ている」ならぬ、「入居者は見ている」と言えるかもしれない。