毎回、介護にまつわる問題点やちょっと困った介護スタッフの珍行動、介護現場での珍事件などを紹介するこのコーナー。今週は、「余命宣告を受けた利用者」という話題を紹介します。
生きる気力のない利用者と出会って
訪問ヘルパーの方に話しを聞くと、利用者の中には、様々な理由によって生きる気力を失いかけている利用者も少なくないという。大切な人を失った、足腰が弱くなって出歩けなくなった、持病が悪化した……その理由は十人十色だが、神奈川県で働くヘルパーのAさんが出会った80代の男性・Tさんという利用者もそんなひとり。ヘルパーのAさんがTさんの思い出を語る。
「私がTさんを担当するにようになったのは、数年前の春のことでした。Tさんは、ある深刻な病気にかかっていて、すでに“余命数か月”との診断を受けた状態。『最期は自宅で』という希望によって病院から自宅に戻ったTさんでしたが、家に戻っても気は塞ぐ一方のようで、私が初めて会った時には、生きることさえ投げやりになっているような状態でした」
Tさんは生涯独身で身寄りもなく、訪ねてくるような知り合いも皆無。Aさんが訪問した際も、「ご飯なんか作ってもらっても……」「私が死んだら、この家の物は全部捨ててしまって構わない」「今さら部屋の掃除なんかしなくていい」と、後ろ向きなことばかりいうTさんでしたが、Aさんの懸命の働きかけに、Tさんは何かを感じたようでした。
「私はTさんを何とか元気付けようと、車いすで外に連れ出して桜を見せたり、川沿いの土手を散歩したりして、何とか生きる気力を持って欲しいと思ったんです。そんなことを繰り返すうちに、『Aさんが来るのが楽しみだ』とまで言ってもらえるようになったんです」
衣替えの季節に思い出すこと…
しかし夏が過ぎ、秋も終わりに近づき、余命宣告の“Xデー”が刻一刻と近づいた頃、AさんはTさんから衝撃的な事実を聞かされます。
「ある時、『そろそろ寒くなってきたので、もう少し厚手の服を着ましょう』と言ったら、Tさんはそんな服はないと言うんです。そこで、『面倒くさいの?』『どこにあるのかわからないの?』と聞いたら、Tさんは『捨てた』と。理由を聞くと、Tさんは、『もう冬物を着ることはないだろうから、冬物を見るのが辛くて捨てた』と言うんです。それを聞いて、私は号泣してしまったんです」
そんなAさんを見たTさんは、「じゃあ今から一緒にセーターを買いに行こう」と。その後は少し元気を取り戻し、もう1度冬物を着られたことをたいそう喜んだそう。結局Tさんは余命宣告よりはるかに長く生きた後、亡くなってしまったそうだ。Aさんは衣替えの季節が来るたびに、Tさんの「冬服を捨てた」という話しを思い出し、涙がこぼれてしまうそうだ。