■書名:介護サービスの未来へ―無形の価値、"質"を考える―
■著者:栗田 淳二
■発行元:文芸社
■発行年月:2015年7月15日
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あいまいな「介護」のやり方は、利用者・介護職を疲弊させる。サービスの質を上げる対策とは?
本書のタイトルには「無形の価値、"質"を考える」とある。
介護サービスにおいてのホスピタリティの大切さや、どうしたら高齢者の笑顔を引き出して、心地よく過ごしてもらうか、といった内容かと思いきや…。「介護される高齢者が『笑顔』であればいいのか」と鋭く切り込んでいるのに驚かされる。
著者の栗田淳二さんは、社会福祉法人理事長・特別養護老人ホーム施設長として介護の仕事に携わっている。同書について栗田さんは、「介護の世界で働いてきた中で感じた、苛立ちに似た思いと、それに対する対応を具体的に書いた」と語っている。本書はその言葉通り、社会保険労務士の資格も所有する栗田さんが、独自の視点で介護現場の問題を提起している内容だ。
たとえば、介護の現場において、職員らが「大変大変」「バタバタしている」「時間がない」といった言葉を言い訳のように発していないだろうか。
このような表現で介護の仕事を評価する介護職もいるかもしれないが、筆者は、それは「評価ではない」という。「介護の現場が忙しいことは決して否定しません。ただし、実際のところ、どの業界も忙しいのです。甘えてはいけません」とバッサリ。「具体的にどのような仕事に追われたのか」「そのときの人員配置は的確だったか」「できなかった仕事はどう処理されているのか」など確認し、問題点の分析を行うことが大切であると語っている。
そのほか、会議に無駄な時間が多いことから「会議は30分で終わらせる」ことも提案。会議時間を決め、背景、目的、方法を事前に明確にすることで、だらだらと結論が出ないまま会議を続ける無駄がなくなるという。
また、以下のような問題点についても独自の視点で鋭く切り込んでいる。
あなたの職場でも思い当たるところはないだろうか。
●残業があたりまえという環境から起こるあいまいな労働時間
●研修で職員は育たないこと
●間違いを防ぐための「チェックリスト」の意味のなさ
●人材不足の悪循環 など
<利用者に対するケアの評価がいかにあるべきか、なんのためにそのケアを提供するのか、今一度、明確にしなければ、あいまいな、報われないケアを淡々と提供しているにすぎなくなります。介護が「報われない仕事」なのではなく、「仕事として報われないケア目標」を立てているとしか思えないのです。>
本書で印象的なのは、どの問題点に対しても「あいまいさ」をなくすことを重要と説いていることだ。「大変・バタバタ」「笑顔にするサービス」「形骸化(*)している残業・会議」など、具体的でないものの本質を明確化し、目的遂行のための手順を可視化するのが大切だという。
(*本来の意味や内容が忘れられ、形ばかりのものになってしまうこと)
また、筆者独自の調査研究も数点紹介されている。そのうちのひとつが職員の「勤続意識に与える影響」である。
「なかなか職員が定着しない」という悩みを抱える介護施設も多く見られるが、筆者の調査によると、組織内のサポート体制が「いつまでもこの職場で働こう」という勤続意識に影響を与えることがわかったという。
職員のサポート体制を整えれば、直接的に勤続意識に働きかけることができ、結果的に介護サービスの質の向上につながる。筆者は、介護職員の募集の段階からサポート体制を強調することをアドバイスしている。
たとえば、入社時に知識習得のための指導をすることや、具体的なケア技術が備わっているかの確認を行うこと。もし備わっていない場合は、どのような内容の技術を、誰が、どのようなスケジュールで指導するかという計画が必要となる。その計画が、指導を受ける職員にも、事前に理解されていることも重要なことだという。
そのほか、介護保険制度の改正に伴う矛盾点、それによって起こるかもしれない今後の問題点なども盛り込まれている。全体的に問題点を具体的に掘り下げ、冷静に分析しているため、読みやすい。対応策も整理されているので、現場でも取り入れやすいのではないだろうか。
<松原圭子>
著者プロフィール
栗田 淳二(くりた・じゅんじ)さん
社会保険労務士、社会福祉士、介護支援専門員、年金アドバイザー、人間科学修士。熊本市内の大型スーパーの食品部門、不動産業務勤務の後、特別養護老人ホームの生活相談員、事務局長、副施設長を歴任。現在は社会福祉法人理事長、特別養護老人ホーム理事長を務める。