■書名:認知症とともに生きる
■著者:山村 基毅
■発行:幻冬舎
■発行年月:2016年1月28日
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認知症患者も笑顔になる。奈良県の病院が20年も前から行う取り組みとは?
「老老介護」「介護独身」「介護離職」。
このような言葉がニュースに取り上げられ、新聞の紙面を賑わすことも少なくない。いずれも高齢化社会における社会問題を表現する言葉だが、今後はさらに深刻化すると予測されている。政府の予測によると、今から9年後の2025年には、高齢者の5人に1人が認知症になるという(2025年には65歳以上の認知症高齢者は700万人と予測)。
現在さまざまな取り組みが行われているが、今から約20年も前、まだ「認知症」という言葉が生まれる前から、これらの問題に取り組んできた病院がある。本書は、ルポライターである著者が、その病院を取材してまとめたものだ。
奈良県の三郷町にある「ハートランドしぎさん」。本書では、同施設の独自の取り組み「認知症患者の尊厳を守り、家族の介護負担をゼロにする」について、利用者や利用者の家族、そこで働くスタッフの声を交えて紹介している。
同施設が行っている取り組みは下記のようなものだ。
●24時間つながる電話相談や、地域への出張相談会の実施
●介護負担を抱える家族への窓口を広くするため、広く地域・医療との連携
●糖尿病、ガン、高血圧など、合併症を発症している認知症患者の受け入れ
●「入院」を前提で対応
●デイケアセンターを設置し、認知症の進行を遅らせる取り組み
つまりは、「何かおかしい」と不安を感じたら、すぐに電話や地域の窓口、相談会を通して相談できるのだ。相談者の中には、間違った治療を受けていた認知症患者や、介護で精神的に追い詰められた家族もいるという。進行が進んだ認知症患者でも、必要があればすぐに入院できるよう配慮されており、どうしたらいいのか途方に暮れた家族が「ようやくたどりついた」と、安堵する様子が目に浮かぶようだ。
また、退院したらそれで終わり、ではない。退院したあとも、必要に応じてさまざまなサービスを受けることができる。自宅で介護にあたる家族にとって、専門機関につながっているという安心感は、何者にも代え難いものではないだろうか。
本書では、スタッフのコメントも多く掲載されている。悪態をつき噛み癖がある患者に対するスタッフの機転をきかせた対応についても紹介されているが、それは「多くのスタッフが試行錯誤の末、生み出してきたもの」だという。患者に対して、スタッフ全員がさまざまな情報を共有し、よりよいケアの方法を模索するという、風通しのよい雰囲気がうかがえる。
同施設では、スタッフのモチベーションをアップさせる取り組みも行っている。ミスやクレームもすべてオープンにし、すべてのスタッフと共有。改善点の指摘は、ベテラン・新人問わずできるため、仕事に対する取り組みが変わっていくというのだ。さらに既存のケア方法だけではなく、アロマテラピーやユマニチュードなども積極的に取り入れているという。
「どうしたら家族の負担が減らせるか」「どうしたら患者にとってよりよいケアができるか」を日々考え、実践し、スタッフ全員で共有する。これらが、患者にとって過ごしやすく、スタッフにとって働きやすい環境を両立させているように感じた。
<家族がもがくことを許され、もがいた末に諦め、満足して介護を任せる、そのようなプロセスをたどれる環境こそが大切なのかもしれない。そのときに大事なのは、受け皿である病院がぽつんと存在しているわけではないということだ。それは地域と密着することで成り立つ。私たちの暮らす町で、その病院が違和感なく立ち、高齢者や認知症の人を受け入れている。そのような風景があってこそ、私たちは親や配偶者を委ねられるのである>
今後も認知症の人々は増加していく。同施設のように地域と連携し、正しい認知症のケアを持続的に受けることができる施設が増えていけば、認知症患者を介護する家族の孤立は防げるのではないだろうか。
著者プロフィール
山村 基穀 (やまむら・もとき)さん
北海道苫小牧市出身。獨協大学外国語学部卒業。ルポライター。人物インタビューを基盤としたルポルタージュを執筆している。著書に『ルポ 介護独身』『戦争拒否―11人の日本人』『民謡酒場という青春 ―高度経済成長を支えた唄たち―』『森の仕事と木遣り唄』『はじめの日本アルプス』『クマグスのミナカテラ』など多数。