こんにちは、身体技法研究家の甲野陽紀です。「こうするのがふつう」というやり方は「常識」とも呼ばれますが、「常識だからよい方法」とは限らないんじゃないかな? という疑問から、新しい視点や突破口が見つかったりします。実は「歩き方」の中にもそんな「常識」があるらしいのです……
<協力 身体技法研究家 甲野陽紀氏/文・構成 佐藤大成>
「カラダのつながり感」と「疲れ」には関係がある?
タ
前回は、歩き方に「疲れ」がどう表れるのか、を検証してみましたが、明らかに特徴的な動きが出ていましたよね。カラダが揺れるような感じとか、手と上体がバラバラな感じとか。
陽 疲れるとカラダのつながりがなくなってくるということ、ですね。
タ 逆にいえば、カラダのつながりがない状態で歩いていると疲れやすい、ということもありそうですね?
陽 それはいい切り返しの視点ですね。カラダ全体のつながりがない状態になると、本来はカラダ全体で引き受けるべき負担を、主に足が負担することになりますからね。当然、疲れを感じるまでの時間が短くなる、つまり、疲れやすくなる、ということはいえると思います。
「足が重そう」に見える理由
【歩き方(1)】
【歩き方(2)】
タ では、歩き方を見てみましょうか。前回と同じ階段でのシーンですが、今度は横からどう見えるかということですが。(2)の歩き方のほうがカラダが揺れている感じはわかりますね。
陽 そうですね。(1)のほうがカラダ全体で歩けている感じですね。カラダの前後の動き方で気がついた点はありますか?
タ 前後ですか……(1)の場合は前のめり感がなくてすっとしてますよね。(2)の場合は、前にいって戻るような動きがあるのかなあ、と見えますね。
陽 たしかに(2)は前後の揺れも感じさせますね。
タ 何より、(2)は足が重そうです(笑)
陽 そこにも大きな違いがあらわれますね。実際、(2)の場合は、踏み出した足に体重をのせ替えてから、残る足を引っ張り上げる動作をやっているんです。
足を踏み出す→カラダを前に出す→体重を移動させる→残る足を回収する
こんな感じです。前後のカラダの揺れが出てくる動き方なんです。
「残る足」がポンポンと自然についてくるのはなぜ?
タ なるほど。細かく見ていくとそんなふうに動いているんですねえ……でも、(1)にはそんな動きは感じられないですね。残る足が自然についてきているような印象がありますが。
陽 ええ、(1)の場合は、残る足が最後にポンとついてくる感じがしますね。
タ それは、つまり、その前の段階で「前に進むという動きがある意味完了している」ってことでしょうか?
陽 そうですね。踏み出した足が階段をとらえたときには重心の移動もほぼ終わっていますから、踏み出した片足で立とうと思えば立てるほど安定した状態になっているんですね。
タ そういうことですか。そんな目線で改めて眺めてみると、(1)の歩き方はだんぜん軽いですよね。ポンポンポンと悩みなく進んでいる感じがしますが……それにしても、この違いはどこから生まれたんでしょうか?
「残る足のかかと先」を気にかけると歩きが変わる!
陽 ポイントは「残る足」なんです。
タ 踏み出す足とは逆の足ですか? ふつうは踏み出す足に気持ちがいくような気がするんですが……
陽 ふつうはそうですね。前に歩くわけですから、踏み出す足が気になりますけど、それだと、どうしてもカラダも先に先にという動きになって前のめりになって、返って踏ん張る力が必要な歩き方になってしまうんです。そのことも疲れを誘う一因になります。
タ でも、逆に残っている足を最後まで気にかけておくと……
陽 そうなんです。すっと歩ける感じがでてくるーーこれが(1)の歩き方なんです。残る足の中でもわたしがとくに気にかけているのは「かかと先」、と私が呼んでいるところですが、そこに気持ちを残しながら歩くと、カラダ全体のつながりを感じながら、しっかりとした歩き方ができるようになるんです。
タ 「かかと先」とは新鮮というか、驚きですね。そんなところに力があるなんてはじめて知りました。
陽 関節のように動く場所ではないですからね。でも、意外なほど動作をするときに重要な役割をはたしているところなんですよ。
タ なるほど、やっぱり動作というのはカラダ全体がいろいろに関連しあって生まれてきているものなんですねえ……
陽 歩くことは毎日できますから、時々「かかと先」を思い出して、どうカラダのつながり感が変わるか体感してみてください。対照的に疲れる歩き方がどんな感じなのかも、少しずつわかってくると思いますよ。
タ 次回からの新しい展開が楽しみです!
◆ Profile ◆
甲野陽紀(こうの•はるのり)
身体技法研究家。東京•多摩市生まれ。高校卒業後、「古武術介護」の提案者としても知られる武術研究家の父、甲野善紀氏の補佐役として各地の講習会などに同行する中で、ささいな動きの違いから感覚がさまざまに変わっていくカラダの不思議さ、奥深さを改めて実感し、特定の方法やジャンルによらない独自の視点からの身体技法の研究を始める。見る、触れる、曲げる、といった、わたしたちが日々、何気なく行っている動作からカラダを見つめ直すことで新しい感覚が生まれていく“発見の体験”は、多くの方の共感を呼び、全国各地の講習会、講演会などで活躍中。スポーツや武術、音楽、医療、介護、運動嫌いの方のための身体講座まで、講座のテーマは幅広く開かれており、ファン層も多彩。都内では、朝日カルチャーセンター新宿•湘南、よみうりカルチャー自由が丘などで定期的に講習会を開催している。日々のくわしい活動はオフィシャルウエブサイトへ。
http://hkhp.p2.bindsite.jp/index.html