ただ長生きするのではなく、人生を終えるまで健康でいたい。これは、高齢者全員の願いと言えるでしょう。超高齢化社会に突入した今、重度化防止や介護予防が、介護職にも求められるかもしれません。
介護予防には、運動器の機能向上だけでなく、体を作るもととなる食事への配慮が大切ということを以前の記事でお伝えしました。介護予防も、運動を心がけるだけでなく、筋肉や骨、血液を作る十分な栄養を摂らなくては、効果が上がらないからです。
しかし、実はその前にもっと大事なことがあります。それは、口から食べる力を維持・向上させること。歯の本数やかむ力、むせ込みなどが、筋肉量や筋力の低下、運動器機能の低下と大きく関連することがわかったのです。
かみ砕くだけではない「咀嚼」
口から食べる力には、「咀嚼(そしゃく)能力(=噛む力)」と「嚥下(えんげ)能力(=飲み込む力)」があります。ここでは、「咀嚼力」について説明しましょう。
「咀嚼」というと、噛むことを中心に考えますよね。でも実は咀嚼で大切なのは、最終的に食べ物を飲み込みやすい形(食塊)にまとめること。食塊を作ることで、のどの奥に送り込み、嚥下できるわけです。
咀嚼はいくつかの要素からなっています。
まず、食べ物を認知してどう食べるかを考え、唾液を分泌すること。認知機能が低下している人などに食事介助をするとき、いきなり口の中に食べ物を入れていませんか? これは避けたいやり方。まず料理全体を見てもらって食事に意識を向けてもらいます。
そして、介助する場合は食べ物やスプーンを唇に少し触れさせてから、口の中に食べ物を入れます。これは、今から食べ物が口に入ることを認識してもらうためです。口の中に食べ物を入れても噛もうとしない人には、食べ物であることを認識できていない人もいるかもしれません。それに、認識できていないのに口に食べ物を入れたら、誤嚥(ごえん=食べ物が気管に入ってしまうこと)のリスクも高まりますよね。
次に、歯や入れ歯などで食べ物を噛み砕くこと。歯がないと咀嚼力が弱い、と考えがちです。しかし実は、歯がなくても歯茎でおせんべいだって噛める、という人もいます。歯がない=咀嚼できない、ではないのです。一方、噛む力が衰えてきたからといって柔らかいものばかりを食べていると、ますます噛む力、つまり口腔の筋力が低下します。それだけでなく、口の中の感覚も衰え、唾液も出にくくなります。
「刻み食」は誤嚥のリスクが高まる場合も
また、頬や舌で食べ物を動かし、うまくかめるよう左右の歯の上に乗せることも、咀嚼の大切な要素です。これは、私たちは普段、意識せずにやっていますよね。しかし、高齢者の中には、口の中に食べ物を入れても、もぐもぐするばかりでいっこうに飲み込まない人もいます。そうした人の中には、噛む力がないのではなく、口の中でうまく食べ物を舌や頬で動かすことができないということも。柔らかいものばかりを食べていると、口の中の感覚が衰え、舌がうまく動かなくなる場合もあるのです。
よく、入れ歯が合わなくてかめない人には、食べ物を小さく刻んだ「刻み食」を提供することがあります。しかし、口の中で食べ物を動かせない、つまり、うまく食塊を作れない人には、刻み食はNG。細かくなっているだけ食塊を作りにくく、バラバラなまま喉を通って誤嚥してしまう場合もあります。
食べる力が落ちてきたと感じたら、咀嚼力のどの部分が衰えているのかについて、専門家に見てもらいたいもの。摂食・嚥下に詳しい歯科医や歯科衛生士、言語聴覚士などが評価してくれます。最近は、少しずつ訪問診療をする歯科医も増えてきました。衰えた咀嚼能力や嚥下能力は、適切な訓練によって改善できる場合もあります。そうした情報を介護職から家族に提供して、いつまでも口から食べられるよう支援できるといいですね。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>