介護職の入居者・利用者に対する暴力は、しばしばセンセーショナルにニュースで取り上げられていますよね。一方、介護職が高齢者から受けている暴力については、あまり表面化することがありません。しかし、2016年7月、実は介護職の98%が、介護サービスの利用者から暴言・暴力を受けた経験があることが明らかになりました(*)。一般の人には初めて知った人も多く、「えっ、そんなに?」と話題を集めています。介護職の皆さんには、「今ごろ何を言っているの?」と思う方が多いかもしれませんね。
認知症の人の反応は、ケアする側の対応で変わってくる
ここで注目したいのは、フリーアンサーで、暴言・暴力を受けるのは介護者側の対応の問題もある、と書いている介護職が一定数いるということです。中には、相手の心情を理解し、自分の対応を変えたところ相手がどんどん変わっていった、という記述もありました。暴言や暴力というつらい経験をしながらも、その原因を相手に求めず、相手を理解して自分を変えることで問題を解決する。対人援助職として理想的な姿勢ですね。
実際、特に認知症を持つ人は、対応の仕方によって反応が大きく違ってきます。相手の言動を否定したり、嫌がることを強制したりすると、いらだちや怒りが募り、暴言や暴力を引き起こすことがあります。相手が感じ、信じている現実を、事実とは違っていたとしても、受容的に受け止め、共感する。それによって、波立っていた高齢者の気持ちが落ち着くこともあります。
「そんなことは知っている」という人もいるかもしれません。しかし、頭で理解していても実際のケアの現場では、どうしても従ってもらわないと困る、と考えてしまう場面がありませんか? たとえば、入浴の時間が決まっている施設では、利用者から拒否されても、できるだけなだめて入浴を勧めているところも多いと思います。
「イヤだ」という感情の記憶が、介護拒否や暴力の原因の一つ
最近、「ユマニチュード」というフランスで生まれたケアが注目されています。ユマニチュードでは150ものケア技術があるそうですが、その実践においては、働きかけたときに相手が受け入れなければ無理をしません。すっと引き、いったん立ち去ります。そして、時間をおいてまた働きかけるのです。
認知症ケアでは、前述の通り、本人の嫌がることをしないことがとても大切です。嫌がることを無理強いすると、そのケア自体、およびそのケアをしようとした人の両方に対して悪い印象が残るからです。認知症を持つ人は、物事・行動の記憶より感情の記憶の方が残るといわれています。つまり、されたこと自体は覚えていなくても、「何か嫌なことをされた」「この人は嫌な(ことをする)人」という、不快感が記憶されてしまうのです。それが、次の働きかけの時に拒否や暴力、暴言を引き起こす原因の一つになります。ユマニチュードは、そうした不快な記憶を残さないことを大切にしているケアなのですね。
ケアしている利用者から暴言や暴力を受けるのは、とてもつらいことです。その人の役に立ちたい、力になりたいという思いを踏みにじられたような気持ちになり、傷つきますよね。でも、もしかしたら、認知症に対する理解を深め、その正しい対応方法を身につけることで、暴力や暴言を引き起こす原因を利用者から取り除くことができるかもしれません。認知症を持つ人の暴言などで悩んでいる方は、認知症やそのケアについて、一度ゆっくり学んでみるのもいいかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*介護職員の98%が「利用者から暴言・暴力を受けた」と回答 「噛まれた」「下着を外されそうになった」という人も(@niftyニュース 2016年07月12日)