まだリハビリが必要な患者が、地域に帰されることがふえている
「え、この状態で退院?」と思うことが、最近ふえていませんか。医療制度改革で、けがや病気を治療する「急性期病院」での入院期間がどんどん短くなっているからです。脳卒中になった人や骨折後の人の退院も早まり、最長180日間リハビリテーションを行う「回復期リハビリテーション病棟」や、在宅復帰に向けて最長60日間、リハビリなどの支援を受ける「地域包括ケア病棟」などへの転院が進められています(リハビリ期間は原則。主治医の判断で延長もあります)。
こうした病棟を経ても、まだリハビリが必要と思われる人もたくさんいます。また、こうした病棟を経ずに在宅や施設に戻って来る人もふえました。決められた期間内で、リハビリをどこでどれぐらい受けるのかの選択が重要であることが指摘されています(*)。
しかし、病院で受けられるリハビリは、1人1日最長でも3時間。安全に過ごすことを重視する医療機関では、それ以外の時間はベッド上で過ごし、移動は車いすで、ということも少なくありません。身体の機能は、適切に動かし、使うことで回復していきます。せっかく専門職のリハビリを受けても、それ以外に動かすことが少ないのでは、機能の回復に時間がかかります。それなら、早期に退院し、施設や在宅での日常生活行為を通してリハビリを行ってはどうか。そう考え、早期の退院患者を受け入れる介護職や介護施設が少しずつふえています。
介護職による生活リハビリで、歩けるようになった女性
70代のある女性は、精神科病院に1年5ヶ月間入院。抗精神病薬の影響と歩行に支障が出るパーキンソン病のため、一時は寝返りも打てず、寝たきりの状態になりました。手足に拘縮(こうしゅく:関節がこわばったり、動きが悪くなる状態)も出て、医師からは「もう一生自分の力で歩けるようにはならない」と言われました。しかしその後、徐々に抗精神病薬を減らし、同時にパーキンソン病の治療薬の投与を始めると、少しずつ状態が改善。リクライニングの車いすで過ごせる時間が長くなり、さらには、普通の車いすに座って過ごせるようにまでに回復し、退院しました。
退院後、特別養護老人ホームに移った女性は、入所当日、車いすから車いすへの移乗の際、数秒、ようやく立位が取れるという状態。それでも、寝たきりだったことを思えば、かなりの回復です。そして、入所から10ヶ月たったころ。15m程度の距離であれば、支えなしで歩くことができるまでに回復しました。
といっても、施設で特別なリハビリをしたわけではありません。食事の際には、必ず車いすから立位を取らせ、食堂のイスに移乗させる。おむつをやめてリハビリパンツとパッドを使用し、トイレ誘導する。その際、少し離れたところから手引き歩行をし、歩く距離を少しずつ伸ばしていく。車いすから便座への移乗の際にも、立位を取らせる。毎日の生活の中で、介護職がコツコツとこうした取り組みを続けていくことで、医師から「もう一生歩けない」といわれていた女性は、15m歩けるようになったのです。女性を毎日ケアしている介護職は、「まだまだもっと歩けるようになるのではないか」と話しています。
毎日の生活の中にこそ、リハビリの要素がある
医療職は、安全と命を守ることへの強い責任感を持っています。そのため、起こりうる最悪の状態について考慮し、患者にも伝えた上で、最善を目指していきます。また、起こりうるリスクを最小にしていくことにも配慮を欠かしません。それは、医療職として当然の役割です。そのため、医師は「もう歩けない」という考えられる最悪の状態について、この女性に伝えたとも言えます。
一方、利用者の生活を支える役割を担う介護職、介護施設は、生活上起こりうるリスクと本人の生活の質のバランスを考える必要があります。数秒しか立位が取れないからと、転倒リスクを考えてずっと車いすのまま介助するのか。数秒立位が取れるから改善の可能性があると評価して、少しずつ手引き歩行に取り組んでいくのか。その判断によって、10ヶ月後には、大きな差が生まれるのです。
片マヒなど、身体の状態が固定したかのように見える人の中にも、改善できる余地が残されていることもあります。そこには、介護職が日々の生活の支援をする中で、できることがきっとあるはずです。リハビリとは、専門職が特別な施術をすることだけではありません。むしろ毎日の生活の中にこそ、リハビリの要素はあるのです。多くの人のケアに追われる中で、1人の介助に時間をかけるのは難しいと感じる人も多いことでしょう。しかし、できるところから少しずつ、生活リハビリに取り組めば、もしかしたら数ヶ月後には大きな改善が見られるかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*リハビリ施設、入念に選ぶ 情報集め相談室も利用を (日本経済新聞 2016年8月4日)