引き受け手が少ない“要支援者”対象の市町村サービス
要支援1、2対象の訪問介護と通所介護が介護保険のサービスから外れることになったのは、2015年4月から。全市町村で、2019年3月末までに介護保険から市町村が実施する「介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)」に移行することとされています。
しかし、移行がなかなか進まないばかりか、移行した市町村においても厳しい状況にあることが、毎日新聞の調査で明らかになりました(*1)。総合事業のサービスは、多くの場合、報酬単価が介護保険サービスのときより引き下げられています。このため、事業者が「採算が合わない」として引き受けたがらないのです。要支援者対象の訪問介護と通所介護は、総合事業に移行しても、当面は介護保険サービスと同じように提供されると見られていました。しかし、予想以上にサービスを提供する事業者が不足し、十分なサービスが受けられない可能性が出てきているのです。
次期制度改正では、要介護1、2対象の訪問介護サービスのうち、掃除や調理などの生活援助も、総合事業への移行が検討課題として挙げられていました。しかし、要支援者のサービスもままならない実態に、要介護1、2対象サービスの移行は、当面、見送られることとなりました(*2)。
引き受け手がない事態は、要支援者対象サービスの総合事業への移行が決まったときからささやかれていたことでした。それでも、あえてこの改正が実施されたのは、「予算ありき」の今の制度運営が背景にあります。これを批判し、「財政難だからといって、サービスを切り下げていくのは問題だ」という声があります。心情的には理解できる意見です。しかしそれは、今の日本が本当に余裕のないギリギリまで追い込まれていることを認識すれば、簡単には言えない意見かもしれません。
厳しい国家財政からすれば、サービス削減はやむを得ないとも
※債務残高の国際比較(対GDP比) 出典:OECD "Economic Outlook 98"(2015年11月)
赤字国債の発行という形での借金が年々増えている日本は、2014年度末現在の公債残高(債務残高)が約780兆円。これは税収の約16年分に相当します。1円も使わずに借金を返済しても、16年かかるということです。債務残高はGDP(国内総生産)の2.3倍。財政危機で世界を揺るがせたギリシャをも抜いた世界一です。
この厳しい経済状況の上に、少子高齢化で働き手は減り、医療や介護を必要とする高齢者世代は、今後2040年まで増え続けます。税収はますます減り、GDPも下がるでしょう。一方で、社会保障費はどんどんふくれあがっていくことになります。財政危機に陥ったギリシャの悪夢がよぎります。
そこで、国の財布を預かる財務省は、予算を決め、これ以上は社会保障にお金はかけない、と決めたのです。そうしないと、日本の財政が立ち行かなくなるからです。お財布のひもを締められた厚生労働省としては、高齢者が増えても予算をふやしてもらえないのであれば、一人ひとりが使える金額=使えるサービスを減らさざるを得ません。
給料も年金も減っているのに、保険料は高くなる。介護サービスや医療費の自己負担額も増える。その上、サービスを減らされるのはたまらない。高齢者はそう嘆きます。それはもっともなことです。しかし、今の高齢者はまだ恵まれているのです。年金保険料を支払ってきた人たちには、一定額の年金が支払われています。経済成長期に様々な恩恵を受け、一定の貯蓄を持っている人たちも少なくありません。しかし、これから高齢者になっていく世代は、年金の受給開始年齢は引き上げられ、給付額が減額されていく可能性が高いと言われています。非正規雇用が増え、貯蓄がままならない人たちもふえていきます。今よりもさらに厳しい状況になっていくことが予想されます。
高齢者も若者も、国民全員で痛みを分け合い、この国の財政をどう立て直していくのかを、真剣に考えなくてはならない時期にきているのです。サービスを減らされるのがどうしても受け入れがたいという人たちには、サービスを維持するために、税や保険料を多く支払っていくという選択に目を向けてもらうことが必要になります。
国の財政のことなど、自分には関係ない。知らないし知りたくもない。こう考えている人は少なくないのではないでしょうか。しかし、今の日本は、そんなことを言っていられない事態になってきているのです。今考えて行動しなくては、自分たちや自分たちの子どもなど、次世代の人たちが今以上の重荷を背負うことになってしまいかねません。そのことは理解しておく必要があるでしょう。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 軽度介護、細る担い手 国、財政難で重度者シフト (毎日新聞 2016年10月2日)
*2 要介護1と2向け生活援助、介護保険で継続 大筋で了承 (朝日新聞 2016年10月12日)