介護職は「精神的な消耗」が起きやすい
介護などの対人援助の仕事は、「肉体労働」「頭脳労働」などとは異なり、感情への負荷が大きい「感情労働」だと言われています。
支援する相手の思いに配慮し、時には自分の感情に「フタ」をして相手の要求に応えることが求められる仕事だということです。
しかし、感情に「フタ」をしていると、次第に自分の感情に対して鈍感になります。
その結果、精神的に消耗していることに気づけないまま、燃え尽きてしまうこともあると言われています。
人が痛みや恐怖を感じるのは、感じることによって、痛みのある箇所を手当する、その場から逃げるなど、自分自身を守る対応をとるためです。もし、それに気づけないのであれば身を守れないことになります。
「いま・ここ」で自分が何を体験し、感じているか。その体験によって、身体にどんな変化が起こっているか。それにきちんと気づき、味わうのはとても大切なことなのです。
いま、「マインドフルネス」という心のあり方、持ち方が注目されています。マインドフルネスとは、「いま・ここ」での体験に意識を集中すること。
対人援助職のセルフケアにもよいと言われています。
たとえば、介護をしていて、「嫌だな」と思うことがあったら、「いま、私は嫌だと思ったな」と自分の心の動きを認めます。
嫌だと思ったことを否定せず、かといって肯定するのでもありません。ただそこで起きた事実を評価せずに「気づく」こと。そして、「受け入れる」ことが大切なのです。
感情労働で、気持ちにフタをしていると、自分が何を感じていたかに気づくことができません。気づけないままそれが積み重なるから、消耗して燃え尽きてしまうことがあるのです。
「マインドフルネス」で感情のコントロールを
自分の心の動きに気づくと、それがネガティブな感情の場合、否定したり自分自身を罰しようとしたりすることがあります。
たとえば、Aさんの介助をしていて、暴言を吐かれたとき。思わずムッとして、「だからAさんは嫌いだ」と思った自分を、「利用者を嫌いだと思ってしまうなんて、ダメな私」と考えてしまうといったことです。
マインドフルネスでは、Aさんを嫌いだと思った自分を否定せず、「いまAさんの暴言を受けてAさんを嫌いだと思ったな」と、自分の心の動きに気づきます。
注目するのは心の動きであって、その内容を否定も肯定もしません。評価することも批判することもコメントすることもなく、ただ気づき、あるがままに受け止めるのです。
そうして心の動きを客観視することで、そのときの感情に自分自身が支配されるのを防ぎます。つまり、「嫌いだ」という感情と、自分自身との間に「隙間」をつくるのです。
これによって、Aさんの暴言にどう対処していくのがよいかを落ち着いて考えられる余地をつくります。
何かの体験によってわき起こった激しい感情をそのままにしておくと、その感情に支配され、怒りにまかせて怒鳴る、など、不適切な対応をとってしまうことがあります。
しかし、マインドフルネスの心のあり方で、わき起こった感情を客観視すれば、怒りにまかせるなど、感情に振り回された対応をとらずにすみます。
マインドフルネスで、心を穏やかに
マインドフルネスは、まず呼吸法によって「いま・ここ」での体験、感情、感覚に、良い悪いなどの評価をすることなく、ただ意識を向ける練習をします。
具体的には下記のようなやり方があります。
<マインドフルネスのやり方>
(1)イスに浅く腰掛け、肩や首、身体の力を抜いて、頭のてっぺんが天井からつるされているようにすっと背筋を伸ばす。
(2)軽く目を閉じていつもの呼吸を繰り返す。意識を呼吸だけに向け、そのときの鼻から空気が入ってくる感じ、胸が膨らむ感じ、吐き出すときの胸がしぼむ感じなどをじっくりと味わう。
(3)呼吸から意識がそれたら、「今、あのことを考えたな」「あのあたりが痛いと思ったな」「音が気になったな」など、そのときに自分が何を感じ、考えたかを自分で認め、その上でまた呼吸に意識を戻す。
(4)呼吸から意識がそれたこと、考えた内容、感じたことの善し悪しを評価はしない。ただ、自分の意識がどう動いたかだけを確認し、呼吸に再び意識を戻して集中する。
呼吸法は5分ぐらいから始めて、慣れてきたら少しずつ時間を延ばしていきます。
イライラしたとき。ものすごく腹が立ったとき。不安で頭がいっぱいになったとき。そんなとき、この呼吸法を試してみると、感情と少し距離をおくことができ、心が穏やかになっていくのを感じることができるでしょう。
30分くらい続けられるようになったら、心の穏やかさ、感情と距離を置ける感覚を味わうことができると思います。
自分自身を大切にするために、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>