介護事故で「刑事裁判」。訴訟のきっかけは?
2013年に長野県の介護施設で入所者が死亡した窒息事故について、2019年3月、見守りを怠ったとして准看護師に罰金20万円の有罪判決が下りました。
介護現場での事故で、職員個人に刑事罰が下されるのは異例のこと。弁護側は即日控訴したそうです。
それにしても、そもそもなぜ介護事故が刑事裁判で扱われているのでしょうか。
介護事故で訴訟になるケースは時々ありますが、それはほとんどの場合、民事裁判です。民事裁判とは、個人間のトラブルを解決するためのもの。
刑事裁判は、「犯罪行為」を行ったとして起訴された被告人に対して、刑罰に相当する犯罪行為があったかどうか、国が判断するための手続きです。つまり、長野県のこの介護事故は、犯罪行為があると見なされたということです。
犯罪行為の疑いは、誰かが警察に届け出なくては発覚しません。おそらくは、亡くなった入所者の関係者から警察に被害届が出されたのだと考えられます。
そして、警察も捜査の必要があると認めた。さらに、検察が起訴するに十分な証拠があると認めたから、刑事裁判に至った。そして、裁判所も犯罪行為があったと認めたため、罰金刑を科したということになります。
利用者家族からの苦情の原因は「信頼関係の不足」
介護現場では、残念ながら、介護事故を完全に防ぐことはできません。時には、悲しいことですが、死亡事故が起きてしまうこともあります。
しかし、そのすべてが訴訟に発展するわけではありません。
それでは、介護事故で訴訟になるケースとならないケースには、どんな違いがあるのでしょうか。
筆者は以前、ある公法人で介護サービスの苦情相談業務に携わっていたことがあります。
ここで利用者からの様々な苦情相談を受けていて感じたのは、苦情となっているケースには、共通点がいくつかあるということでした。それは、以下のようなことです。
・サービス契約時に、できること・できないことについて利用者家族への十分な説明を行っていない。
・全般的に、利用者家族からの問い合わせや要望への対応が遅い。
・日頃から、利用者家族とのコミュニケーションが不足している。
・事故が起きたときの連絡が遅い。
・事故の状況について、明快な説明がない。言い訳をする。
今回の訴訟の場合は、利用者家族との信頼関係がどうであったかはわかりません。しかし、筆者の経験上、利用者家族は、上記のようなことの積み重ねによって、施設や事業所に対して不信感を持つようになります。
不信感がある状態で事故が起きると苦情になりやすく、さらには訴訟に発展する場合もあります。
反対に、日頃から利用者家族と密にコミュニケーションを取り、十分な信頼関係を築いている施設・事業所は、たとえ死亡事故が起きても苦情になりにくいものです。
できないことは、最初から利用者家族に「できない」と誠実に伝え、安請け合いをしない。
心身の状態から、起こりうる事故等のリスクについて、事前によく説明し、理解を求める。
一方で、常日頃から誠意を持ってできる限りのケアをする。
そうした行動の積み重ねが信頼関係の構築につながります。
よりよい介護のため、利用者家族にも誠意を持った対応を
十分な信頼関係があれば、たとえ事故が起きたとしても、「いつもあれだけ誠意を持って対応してくれているのだから、これはやむを得ないこと」と、利用者家族に受け止めてもらいやすくなります。
信頼を得ている事業所は、事故があった際も、いつもどおり誠意を持って対応することでしょう。そうした一貫した信頼感のある対応が、苦情や訴訟を遠ざけるとも言えます。
もちろん、日頃、どれだけ誠意を持って対応していても、苦情に発展する場合もあります。
ですから、一概には言えませんが、多くの場合、利用者家族と施設・事業所との事故以前の関係性が、事故の時の利用者家族の受け止め方に大きく影響してくると言えます。
今回のように、介護事故で刑事罰を受けるというのは、実にショッキングなことです。こうした大きな問題を避けるためにも、日頃から地道に利用者やその家族との信頼関係を築くことを心がけたいものです。
<文:介護福祉ライター/社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*入所者がおやつ詰まらせ死亡、介助の准看護師に有罪判決(朝日新聞 2019年3月25日)