高齢ドライバーによる交通事故の現実
2019年4月、東京都・池袋で87歳の男性の運転する車が横断歩道に突っ込み、母子2人が死亡するという痛ましい事故がありました。高齢ドライバーによる死亡事故が、近年、とても目につきます。
高齢ドライバーによる交通事故の報道を受けて、高齢者の車の運転についての対策を求める声が高まっています(*)。
介護職の中には、支援している利用者の車の運転に危うさを感じていたり、そうした利用者の家族から、どうやって免許を返上させたらいいかを相談されていたりする方も多いことでしょう。これは非常に難しく、悩ましい問題です。
高齢者の運転への対策について考えるに当たり、まず高齢ドライバーによる交通事故の現状についてデータを見てみましょう。
高齢ドライバーの交通事故数は減っている?!
グラフAは、「自動車・バイク・原動機付自転車を運転していた人」が起こした交通事故の件数について、運転免許保有者数10万人あたりの事故件数を年齢層別に見た推移を示しています。(注:「第1当事者」=「最も過失の重い事故当事者」についてのグラフです)
▼グラフA
運転免許保有者10万人あたりの交通事故件数の推移(年齢層別)
出典:「原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数の推移」(「平成30年中の交通事故の発生状況」(平成31年2月28日 警察庁交通局))
*算出に用いた免許保有者数は、各年12月末現在の値。
ご覧の通り、高齢者も含め、
全年齢層で交通事故件数は年々減少しています。
実は高齢ドライバーによる事故件数も、決して増えているわけではないのですね。
また、年齢層別に見ると、免許保有者数10万人あたりの交通事故件数は、10代のドライバーが飛び抜けて多くなっています。
交通事故が多いのは、実は「20代前半」
続いてグラフBには、2018年の「交通事故の実数」を、運転者の年齢層別に示しました。
交通事故の実数を見てみると、最も件数が多いのは20代前半です。
免許保有者数10万人あたりではダントツに多かった10代の交通事故の実数が少ないのと同様、高齢者も85歳以上は4,000件弱、80代前半は10,000件弱です。
60代後半こそ30,000件を超えていて多い部類に入りますが、40代の事故の実数の多さには及びません。
高齢ドライバーによる交通事故の実数も、全年齢層の中で特に多いとは言えません。
▼グラフB
年齢層別交通事故件数(2018年)
*「平成30年中の交通事故の発生状況」(平成31年2月28日 警察庁交通局)から筆者が抽出してグラフ化。
高齢ドライバーは死亡事故が多い!
しかし、高齢ドライバーの大きな課題は、グラフCのとおり、「死亡事故が多いこと」です。
平成30(2018)年の免許保有者数10万人あたりの死亡事故件数は、
80歳以上の高齢ドライバーは75歳未満のドライバーの3.26倍。75歳以上も2.41倍と、高齢になるほど死亡事故を起こしやすいように見えます。
▼グラフC
高齢ドライバーによる死亡事故件数(免許保有者10万人あたり)
出典:「高齢運転者による死亡事故件数(免許人口10万人当たり)」(「平成30年における交通死亡事故の特徴等について」(平成31年2月14日 警察庁交通局))
*算出に用いた免許人口は各年12月のもの。
高齢ドライバーには、
交通事故の件数は多くなくても、重大事故を起こしやすいということが言えるのかもしれません。
そこで、「高齢ドライバー対策」が必要になってくるのです。
高齢ドライバーの課題は「事故リスク」の上昇
若年ドライバーは経験を重ねることで運転技術が向上し、事故リスクが下がることが期待できます。
これに対して高齢ドライバーは、年々、注意力やとっさの判断力などが衰え、事故リスクはむしろ徐々に高まっていく恐れがあります。
運転免許更新の際などには、認知機能の低下をターゲットにした「高齢ドライバー対策」が行われています。しかし、池袋で事故を起こした高齢ドライバーは、2017年の免許更新の際、認知機能検査をクリアしていたといわれています。
今後は、
免許更新時の認知機能検査だけでは判定しきれない運転上のリスクを、どのように把握し、対応するかが、課題となっていくのかもしれません。
高齢者本人の「今」に寄り添った支援と対策を
一方で、日常的に高齢者と接し、支援している介護職は、支援している高齢者の認知機能のレベルや運転リスクについて、免許更新時等の認知機能検査よりはるかに詳細な情報を持っているはずです。
例えば、反応スピードの低下、視野の狭まり、突発的な出来事への対応力の低下など。認知機能や運転技能の低下につながる兆候を感じた高齢者について、こうした情報を、その人の具体的なエピソードを添えて書面で家族に提供してはどうでしょうか。
認知機能や運転技能につながり得る情報を、家族からかかりつけ医に示すことで、かかりつけ医から運転免許の返上を諭してもらうよう依頼することができるかもしれません。
家族や介護職から免許返上を勧めても受け入れない高齢者も、医師が強く勧めれば受け入れるケースがしばしばあるからです。
さらに、今は、車に取り付けた機器によって、ドライバーの運転状況をリアルタイムで把握し、危険な運転動作や走行ルートなどをデータで示すサービスがあります。
また、車にドライブレコーダーを設置し、ドライバーの運転を分析して文書で示すサービスもあります。
いずれも有料のサービスですが、こうしたサービスを活用して客観的データによって、高齢ドライバー本人に、認知機能や運転技術の低下を自覚してもらう方法を、家族に提案してみてもいいかもしれません。
池袋の事故の高齢ドライバーのような事故を引き起こすことは、被害者やその家族はもちろん、加害者となってしまったドライバー本人も家族にとっても耐えがたいことでしょう。
このような不幸な事故が起こらないよう、高齢者を支援する介護職としてできることは何か。それを、高齢者本人や家族とともに考えていきたいものです。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*高齢者運転、対策道半ば 池袋暴走事故1週間(日本経済新聞 2019年4月27日)