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2020年02月06日

認知症本人にしかわからない葛藤と不安~認知症当事者の専門医が語ったことは | 「介護求人ナビ 介護転職お役立ち情報」

「認知症は思っていたより大変」

2020年の年明け早々、「認知症の第一人者が認知症になった」というドキュメンタリー番組が放送されました(*)。
「認知症の第一人者」とは、精神科医の長谷川和夫さん。
専門医でなければ診断が難しかった認知症を、短時間でスクリーニング(判別)できる「長谷川式簡易知能評価スケール(長谷川式認知症スケール)」を、1974年に開発した認知症専門医です。

かつては「痴呆(ちほう)」と呼ばれていたこの病気。
「患者の尊厳を傷つける」という国民の声を受けて厚生労働省(当時は厚生省)に働きかけ、2004年に「認知症」という名称に変更する中心的役割を務めたのも、長谷川和夫さんでした。

その長谷川さんが「嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症」となったことを公表したのは、2017年のこと。2020年1月に放送された番組は、長谷川さんの日々に1年間、密着したドキュメンタリーでした。

放送予定が公表されると、多くの介護・医療関係者が注目。SNSで拡散されていましたから、ご覧になった方も多かったのではないかと思います。

「認知症」は、「腹痛」「頭痛」などと同じように『症状』を現す言葉であって、病名ではありません。それは、介護職の皆さんにはご存じの方が多いと思います。
認知症の原因となる病気は、100以上あるとも言われており、長谷川さんの認知症の原因となった「嗜銀顆粒性認知症」もそのひとつ。

「嗜銀顆粒性認知症」は、アルツハイマー型認知症より高齢で発症し、怒りっぽい、頑固などの症状が現れるものの、物忘れは軽度なまま推移することが多いと言われています。

多数の認知症のある人と接し、診断をしてきた長谷川さん。番組の中で、「認知症は思っていたより大変だ」と語っていました。


何もわからない介護家族の支えになった「認知症デイケア」

筆者は、6年ほど前、長谷川和夫さんにインタビューをしたことがあります。
そのときのインタビューで、こんな話がありました。
介護保険がまだなかった1980年代。長谷川さんが提案して、認知症と診断を下された人を対象に3ヶ月1クールで「認知症デイケア」を行ったとのこと。そのときデイケアは、認知症のある本人の居場所というだけでなく、介護する家族同士の交流の場として機能していたそうです。

今でこそ、介護者のつどいの場は増えています。しかし1980年代当時、介護家族同士が交流できる場はほとんどありませんでした。認知症のある人を介護する家族は、孤立無援の中、試行錯誤しながら、よりよい介護方法や介護用品を見つけだすしかなかったのです。

そんな中で開催された「認知症デイケア」に集まった家族は、本人たちと離れ、家族同士で時には苦労話を、時には介護ノウハウを共有します。
その実体験に基づく知恵と情報は、病院で認知症のある人をケアする看護師より、はるかに実践的で有効だったそうです。

つかの間のレスパイト(休息)を得られた家族は、デイケアでの交流を深めていきます。
一緒に旅行に行くなど、デイケアの開催が終了したあとも長く互いで支え合っていたと、長谷川さんは語っていました。


「介護する家族の負担になっている」という葛藤

冒頭で紹介したドキュメンタリー番組の中では、長谷川さんがデイサービスに通所する姿も紹介されていました。
レクリエーションを行っていても、つまらなそうな顔をして座っている長谷川さん。「あそこにいても孤独だ」と言い、通所を拒否していました。

認知症デイケアの活用による、家族のレスパイトの意味をよく知っているはずの長谷川さんですが、一日中、長谷川さんに寄りそう妻のレスパイトのためにデイサービスに通うように娘さんに促されても、受け入れません。

その後の娘さんとのやりとりの中では、「僕が死んだらホッとするんだろうな」という言葉が漏れます。家族の介護負担が気にかかっているのです。

家族に負担をかけていることは重々分かっている。しかし、このデイサービスで過ごすことはどうしても受け入れられない。家族のレスパイトに協力しない自分は、家族に迷惑な存在だと思われてしまうのではないか――。

認知症のある多くの人が感じているであろう、そうした葛藤を、認知症研究の第一人者である長谷川さんもまた、同じように感じている。その姿は胸に迫るものがありました。

番組で映し出された長谷川さんの姿を見て、「認知症と言ってもまだ軽い状態なのだろう」と指摘する声を聞きました。一般的に多いと言われているアルツハイマー型認知症の場合、病状の進行で、会話が難しくなったり、行動に様々な障害が出てきたりします。

ですから、アルツハイマー型認知症とは違う「嗜銀顆粒性認知症」の長谷川さんが、講演をしたり、こうして番組で語ったりする様子から、そう感じたのは無理がないことです。

それでも、日時を忘れたり、家族の負担になっていないかと不安を感じ、落ち込みふさぎ込んだりする長谷川さんの姿は、多くの認知症のある人と共通する姿だったように思います。


認知症のつらさが本当に分かるのは、本人だけ

長谷川さんは番組の中で、認知症になった今の自分の状態を、「確かさが失われていく」とも表現していました。

確信を持って言い切れることが徐々に少なくなっていくことは、自分自身の「実体」が揺らいでいくことでもあります。その不安、つらさ、苦しさは、認知症を経験していない私たちには想像することしかできません。

認知症や認知症ケアについて学んでいくと、認知症のある人の気持ちを理解できているような気になるという、大きな過ちを犯す恐れがあります。
しかし、認知症を経験していない者が本当に理解することなど、決してできないのです。

そのことを肝に銘じて、認知症を持つ人のつらさを分かった気にならないこと。
その上で、ケアに当たる専門職、介護家族は、認知症のあるその人に教えを請いながら、どのように接していけばいいのかを、日々、学んでいくことが大切だと思うのです。

<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>

*認知症の第一人者が認知症になった(NHKスペシャル 初回放送2020年1月11日)

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