厚労省の発表を聞き、開口一番「ようやくです!」と言った方がいました。認知症を持つ本人への本格的な聞き取り調査が、2016年度中にも行われるようになったからです(*)。
これまで、認知症を持つ人たちを支える施策として、「オレンジプラン」「新オレンジプラン」が打ち出されてきました。しかし、こうした施策は認知症を持つ本人ではなく、介護や医療関係者、家族など、彼らを取り巻く人たちの意見で決められてきました。何に苦しみ、悩み、どんなサポートを必要としているか。これまで本人たちが、意見を求められることはありませんでした。
認知症を持つ本人たちの声が国を動かした
それがこのように変わってきたのは、認知症と共に生きる本人たちによる「日本認知症ワーキンググループ」の活動の成果だとも言えます。認知症になっても何もわからなくなるわけではない。苦手になったことを少しサポートしてもらえれば、できることはたくさんある。新しいことだって始められる。そうしたことを、講演やテレビ出演、フェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス、本の出版などで情報発信し、広く伝えてきたからです。
認知症については、一般の人以上に医療関係者や介護関係者の方がより強く、誤った先入観にとらわれていたのかもしれません。認知症についての古い知識を学び、その知識に基づいて認知症を持つ人たちと接してきた歴史が長かったからです。自ら語ることが少なかった認知症を持つ人たちのことを、「語らない=語れない」と長く思い込んできたとも言えます。それが、自分の内面を語ってくれる本人たちの言葉を通して、ようやく様々なことがわかってきました。
簡単に言えば、認知症は認知機能が正常か正常ではないかと、はっきり二つに分けられるような病気ではないということです。その人の認知機能の状態によって、できることも感じることも、必要とするサポートや配慮も様々。状態に応じた適切なサポートがあれば、大きな問題なく生活できるケースは多々あります。たとえば、料理を一から一人で作るのは難しくても、次に何をすればよいかをタイムリーに伝えれば、切る、炒める、味付けするなどの個々の作業はできる人は多いのです。
それを、すべて他人に任せたことで、本人も周囲も「料理はできない」と思い込んでしまう。できないと思うから任せない。任せないからますますできなくなる。そんな悪循環に陥ってきたケースは、数え切れないほどあると思います。今回の本人調査を通して、どうサポートすれば本人が持っている力を発揮しながら普通の生活を送れるか。その方法を見つけていければいいですよね。
国も、本気で本人たちの声を聞こうとしている
今回の本人調査で注目すべきなのは、すでに行った予備調査の方法です。本人から直接聞き取るのではなく、顔見知りの医療や介護の関係者も同席する本人同士の座談会を通して、意見を吸い上げたとのこと。緊張するとうまく話せなかったり、遠慮して意見が言えなかったりする人もいます。そんな認知症を持つ人への配慮が感じられます。
本調査も、同じような方法で実施するとのこと。よく、官僚や政治家が「一人ひとりの声を丁寧に聞く」という言葉を使いますが、今回は、本当に丁寧に聞いていこうという意志が感じられますね。
介護の現場でも、今まで以上に認知症を持つ本人たちの声に耳を傾け、タイムリーに適切なサポートをしていきたいもの。ここで、認知症を持つ方の一つの声を伝えておきましょう。それは、「認知症の人」という言い方をしないでほしいということ。“認知症”は、その人にとってのごく一部分。しかし、「認知症の人」と言われると、自分の全部が認知症であるかのような気持ちになってしまうと、その方はいいます。認知症と共に生きる人。認知症を持っている人。認知症と付き合いながら歩んでいる人。そんな言い方をしてほしいと、その方は訴えていらっしゃいます。そうしたことから一つ一つ、変えていきたいですね。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
* 認知症、初の本人調査へ 厚労省 医療・就労施策に反映 (日本経済新聞 2016/5/9)