福祉と音楽と飲食。どれも全力投球しなければできない活動や仕事を、同時並行させながら融合している小島麻貴二さん。第2回目は、高次脳機能障害のリハビリ施設「ケアセンターふらっと」に勤務し続ける理由を伺います。もちろん、ワイン食堂の経営や音楽活動もあきらめることなく続けているその静かなるパワーに、感銘を受けます。
○●○ プロフィール ○●○
小島麻貴二(こじま・まきじ)さん/介護職員・ワイン食堂Margo経営・ミュージシャン
1971年生まれ。日本社会事業大学卒業。社会福祉主事の資格を取得し、卒業後、世田谷区社会福祉協議会の職員に。3年後、精神障害者のための作業所(就労移行支援・就労継続支援B型)に移り、菓子工場とカフェ・パイ焼き窯・パイ焼き茶房立ち上げに参加。その後、高次脳機能障害者の在宅生活を支えるリハビリテーション施設「ケアセンターふらっと」のアルバイトから正規職員に。現在は退職して週3日午前中勤務となり、夫人が経営する目黒区のワイン食堂Margoのワイン担当として日々お店に立つ。高校時代から続けてきた音楽も継続し、スタジオやライブのベーシストとしても活動する。
ケアセンターふらっとホームページ
ワイン食堂Margoホームページ
目の前に困っている人がいるから
――ケアセンター「ふらっと」には当初、アルバイトという形で勤務していたのですね。
はい、音楽のほうでCDをリリースしたり、演奏活動に没頭したい時期だったので、正職員として勤務するつもりはありませんでした。当時の施設長の和田(敏子氏)も、それは心得てくれていました。
しかし、5年後ぐらいに正職員になりまして。ちょうどその頃結婚することになったので、社会人としてもきちんとしなければ、という思いもありました。連れ合いはライブのお客さんで、勤めを辞めてお店を立ち上げました。それを、全力でサポートしたいと考えたわけです。
――「ふらっと」の正職員になり、お店も立ち上げるんですか!?
はい(笑)。両方ともやりたいことでしたし。
――「ふらっと」は、高次脳機能障害の方のリハビリテーション施設ですね。脳卒中や交通事故などに見舞われ、身体と脳に損傷を受けてしまった方のための機能回復の支援をするのですね。利用者さんの中には記憶障害を含め、重い症状を抱える方もいらっしゃいます。専門的な知識と、熱意のある職員の方々が多いと聞きました。
今は少し残業時間を減らそうという傾向ですが、毎日8時より前に出勤して利用者さんの送迎、外出、昼食づくりやリハビリのサポートなどで1日を過ごし、夕方みなさんをご自宅まで送ってから、職員たちで夜の9時、10時までカンファレンスをすることもありましたね。
利用者さん、それぞれ抱えている問題が違いますし、どう寄り添うか、また組織をどう運営するか。話し合い、勉強するには、時間はいくらあっても足りないぐらいでした。
――職員さんは、時間も気持ちも、仕事に注ぎ込んでいるようですが、どうしてそんなに熱意を持ち続けられるのでしょうか?
パキスタンやアフガニスタンの無医村で診療をしながら、水源確保のために井戸を掘っている中村哲さんという医師がいらっしゃるんです。なぜそんな大変な場所で10年も診療活動をするのか、なぜ医師なのに井戸を掘ることに人生を捧げるのかと問われると、事もなげに、「目の前に困っている人がいるからやっているだけ」と。社会課題についての問題意識がとてつもなく高いからだとか、いろいろと想像されるのですが、ご本人はさらりと言うだけです。
中村さんを引き合いに出すこと自体、おこがましいですが、感覚としては同じなのかな、と思います。目の前に課題がたくさんあるから、ひとつずつ解決に結びつけているのだと。そこに時間がかかってもしかたがないし、だからやらないという話ではありませんよね。
左/ふらっとは昼食やおやつも職員と利用者さんが作ることが多い。
右/職員の川邊循さんと。コーヒーや食材などもできるだけナチュラルなものを使用。
「自分の役割がここにある」と思わせてくれる場
それに、「ふらっと」はとても弾力性のある組織で、来る者拒まず、という空気があるんです。職員は個性的ですし、そこにさまざまなボランティアさんが関わり、利用者さんの中でも自立訓練をしている比較的軽度な方々は、リハビリも兼ねて、昼食の配膳や洗い物などもする。
職員は名札をつけていないので、だれが職員でだれが利用者さんなのか、区別がつかない中で、利用者さんとともに1日の生活をしていくんです。
そんな中でも、利用者さんの主体がどこにあるか、注意深く考え、行動する。毎日午前中は外出するのですが、利用者さんの行きたいところへ僕らが送迎するんですよね。「当事者主体」などとことさらに言わなくても、常にふつうにある、というのでしょうか。
――とても自由で、それぞれの人をふわっと包み込むような雰囲気です。それでいて、ひとりひとりが「必要とされている」と感じられる場ですね。
そうですね。利用者さんだけでなく、僕ら職員にも、「自分の役割がここにある」と思わせてくれます。「イベントの音楽は小島に頼むよ」とかね。だからこそ、自分の飲食店を中心に仕事をして行こうと退職した後も、短時間ではありますが、ここにいる時間を持ちたいと思うし、また、そうした気持ちを受け入れてくれる。ありがたいことだと思います。
――「ふらっと」のお祭りには、小島さんの知り合いのプロのミュージシャンが来て、すばらしいライブを披露するのですよね。
おかげさまで、みなさん来てくださいます。音楽をやっていることで、「ふらっと」にお返しできることがあるのも、うれしいことです。
そんなわけなので、念願かなって始めた店Margoにももっと関わりたかったのですが、正職員の時期は、難しかったですね。ウィークデーは帰りが遅かったので、何もできなくて。連れ合いがひとりでがんばっていました。でも、週末や休日はお店に出ますし、イベントの出店であちこちでかけることも多いですよ。もちろん音楽もやるわけで、それはもう、たしかに、本当に忙しかったですね。
Margoにて。有機農法やビオディナミで栽培されたぶどうを野生酵母で発酵させたワイン。化学物質、合成物質を使わず地域性を最大限に発揮したものを集めている。
次回は介護職員としてのやりがいを語っていただきます。