2016年2月上旬、2014年度の介護施設職員等による高齢者の虐待件数が、8年連続で過去最多との報道がありました(*)。2012年度には155件だったものが、2年間で300件と倍近くに。これについて、新聞報道では、「介護職員の虐待急増」という大見出しが付けられました。そして、虐待の背景には、厳しい職場環境があるとの指摘もありました。
「高齢者虐待」への意識が高まった
確かに、そういう側面もあると思います。しかし、別の視点から見ると、2006年に施行された高齢者虐待防止法が徐々に浸透。「高齢者の虐待」への意識が高まったため、とも言えそうです。つまり、それまで「虐待」とも思われていなかった行為が、「虐待」として認識されるようになったということです。
高齢者虐待防止法では、命に関わったり、身体に重大な危険が及ぶ虐待を目にした人に、市町村に通報する義務を課しています。また、命に関わるほどではなくても、虐待が疑われるケースを目にした人には、市町村に通報するよう努める義務(努力義務)が課せられています。これにより、「これは虐待では?」と気づくだけでなく、通報というアクションを起こす人が増えてきていることも、件数増加の背景にありそうです。
扱いにくい高齢者を排除したくなる気持ち
虐待が起きる原因は、介護職等の「教育・知識・介護技術等による問題」、「職員のストレスや感情コントロールの問題」にあるとされています。実際には、この両方が入り交じって起きている問題ではないかと思います。
ある介護施設に、何かと人がいやがる言動をする男性利用者がいました。他の利用者が「おいしいね」と話しながら食事をしていると、「こんなまずいものをよくうまいと思うもんだな」という。みんなで楽しく歌を歌っていると、「ああ、ばかばかしい! こんなことをやっていられるか」と大きな声で言う。職員が食事の介助などで忙しくしているとき限って、「トイレに行きたい。漏れそうだから、今すぐ連れて行ってくれ」と繰り返す。
そうした言動があるたびに、他の利用者は顔を曇らせ、楽しく過ごす雰囲気は台無しに。職員はなんとか楽しい雰囲気を保とうと努力しますが、うまく行きません。次第に職員の中に、「あの男性さえいなければ」という感情が芽生えていきました。そうなると、虐待にこそ至りませんが、職員はその男性に対して否定的な感情を持ちながら接することが多くなっていきます。すると、男性はますますいやがられる行動をとることが多くなっていきました。
行動の背後にある気持ちを考えてみる
なぜこの男性は、人がいやがる行動をとっていたのでしょうか?
一つには、注目を集めたかったからではないかと思います。小さい子どもはわざといたずらをして、親の気を引くことがありますよね。それと同じように、いやがられても、注目される方が気にしてもらえないよりはよいと考えたのでしょう。
そしてもう一つには、何か満たされない思いがあったからだと考えられます。人は誰でも自分自身が大切に扱われ、満足感、幸福感を味わえていると、周囲に対しても優しくなれます。反対に、自分が満たされていないのに周囲に優しくするのはなかなか難しいものです。だとすれば、大切なのは、まずこの男性の満たされない思いに対応すること。男性に周囲への配慮を求めるのは、その次です。そうでなければ、男性の言動を変えることはできません。
この介護施設では、男性の生活歴をたどり直し、なぜ注目を集めたいのか、「満たされなさ」の元はどこにあるのかを探っています。そしていまも、どのようにしてこの男性の思いを受け止めていくか、カンファレンスで検討を重ねています。
一人の人生を受け止めてどうケアをしていくかは、それだけ大変なこと。それでも、逃げずに対応しなくては、男性は満たされないまま。他の利用者も、不愉快な思いをし続けることになります。
人の言動の背景には、認知症の有無にかかわらず、必ず何か理由があるものです。なぜこんなことをするのだろう? なぜこんなことを言うのだろう? そんな疑問を持って、その人の背後にある思いを考え、対応できれば、虐待は減っていくのではないでしょうか。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
*介護職員 高齢者虐待2014年度300件 35%急増(毎日新聞2016年2月5日)