高齢者の自立支援介護を促し、重介護者を減らす
介護報酬に成果主義の導入か――。2016年11月、そんなニュースが流れました(*)。出所は、安倍首相が招集した「未来投資会議」です。未来投資会議は、どのような分野に投資をしていけば将来の成長が期待でき、構造改革が進むかについて検討する、成長戦略の司令塔としてスタートしました。安倍首相が議長を務め、文部科学大臣や厚生労働大臣、東大総長、企業人などで構成しています。
この会議で、医療・介護分野の課題として挙げられたのが、団塊の世代が後期高齢者になる「2025年」問題。これに対応していくために、医療は予防・健康管理に、介護は自立支援に軸足を置くという「パラダイムシフト(概念・価値観の大きな転換)」によって、健康寿命を伸ばし、重介護者を減らすことが目標として掲げられました。
具体的には、自立支援介護の標準化、データ・人工知能・センサー・ロボットを活用した要介護度の改善、介護報酬上のインセンティブ等が挙げられたのです。
介護の標準化とインセンティブは長年の検討課題
「よい介護を提供して要介護度を改善すると、介護報酬が下がる。そんな現行制度では、自立支援介護を追求しようという意欲を持ちにくい。だから、自立支援介護を広めていくために、自立につながる介護の標準化とインセンティブが必要だ」。それが未来投資会議の考えです。
介護保険が創設されて16年あまり。今回、「パラダイムシフト」という言葉が使われていますが、自立につながる介護の標準化とインセンティブについては、以前からずっと断続的に検討されてきました。しかし、長年検討しても、結論が出ていないのがこの問題です。それだけ、介護という「人」対「人」の間で行われるサービスを標準化したり、全国一律の物差しで評価したりすることが難しいということです。
評価の物差しとして、「要介護度」の改善度合いを用いるという意見があります。しかし、そもそも要介護度自体、認定調査員という「人」が、調査対象の「人」の状態を目で見て、話を聞いて確認し、チェックした結果がベースになります。同じ条件、方法で行えば、誰がやっても常に同じ結果が出ることを「科学的」と言います。認定調査は、「科学的」な評価と言えるでしょうか? どうも疑問が残ります。
要介護認定では、認定調査の結果からコンピュータが「一次判定」を出し、それを有識者による「介護認定審査会」が主治医意見書などの情報などと併せて審査します。そこで出た「二次判定」の結果が、市町村から申請者に通知されます。この介護認定審査会も、構成メンバーによって評価の判断にばらつきがあることが指摘されています。一次判定の結果も二次判定の結果も、体温や血圧、白血球などの数値のように、誰が測定しても同じ結果が出る「科学的な事実」とは違うのです。
“科学的”でない介護を数値で評価するのは困難
科学的な事実は客観的に評価することができます。しかし、科学的ではない事実をもとに、客観性のある適正な評価を下すことはできません。たとえば、そもそも要介護4という認定が実態より重いのに、半年、1年後に、要介護3に改善したからと言って、それが自立支援につながる介護の成果だとは言い切れません。“科学的”ではない介護を、数値などで評価することには、無理があるのです。
自立支援につながる介護であるかどうかを評価するのであれば、合議で検討する方が、よほど客観性があるように思います。たとえば、介護事業者が信頼できると認める有識者、家族代表、事業者代表、行政代表などのメンバーを招集した会議。そこで、著しく要介護度が改善したケースや、事業者が自己申告したケースを、月に上限何件と決めて、インセンティブを与えるに値するかどうかを検討するのです。公開会議で検討すれば、なおよいでしょう。
個別性が高く、“非科学的”であるからこそ、様々な創意工夫ができる介護。全国一律の物差しで評価し、介護の独創性を狭めてほしくないものです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*社説 介護報酬 「成果主義」は似合わない(毎日新聞 2016年11月15日)