こんにちは、身体技法研究家の甲野陽紀です。自分が思ったことがそのまま相手の方に伝わったらいいのに……とは、介護に携わるみなさんが、ふだんよく思われることではないでしょうか。「思う」がどうしたら「伝わる」になるのか?------今回はここが入り口です。
<協力 身体技法研究家 甲野陽紀氏/文・構成 佐藤大成>
陽 次の稽古にはいる前に、ひとつ質問があるのですが。
タ はい、ぼくが答えられることならなんなりと。
陽 質問は「感じる」と「思う」の違いについてなんですが。
タ もう、ぜんぜん違うことですよね。
陽 はい。その違いは具体的にいうと、どこにあると思います?
タ それはまあ、素直に考えれば「感じる」のはカラダで、「思う」はアタマというか、心というか。そこがまず違いますよね。
陽 介護の場面で考えたとき、大事なのはどちらでしょうね?
タ 場面によるとは思いますけど、このシリーズでも体感してきたように「感じる」がまず基本ですよね。お世話する相手の方がいまどんな体調なのかとか、自分の介助を心地よく思ってもらえているのかを知るのは、
やっぱりカラダを経由して「感じる」ところから始まると思うんですよ。
陽 そうですよね。ただ、そのとき「感じる」だけでいいのか、というと、そうでもなくて「思う」も重要な役割をもっていたりしますよね?
タ いわれてみれば、そうでしたねえ……前に上体起こしの稽古をしたときにひとつひとつの動作に思いを込めてやると、感じ方が変わった気がします。とすると、両方のコンビネーションのようなものが大事なんでしょうかねえ……
陽 たしかに両方なんですよね。自分が変わるというのは気持ちだけじゃなくてカラダも変わるんだ、ということは前回のまとめでも確認したことですが、そのことを今回の「感じる」と「思う」を使っていうと、「思う」が「感じる」にうまくつながると、自分が変わるというふうにもいえると思うんですね。
タ なるほど。そっかあ……気持ちだけの動作でも、気持ちがなくてマニュアルをなぞるみたいな動作でも、うまくいかないですからね。つまり、ポイントは「うまくつながる」というところですね。「思う」がちゃんと「感じる」につながっていないと、カラダは変わらないと。
陽 見晴らしのいい場所に出ましたね。ということで、新しい稽古ですが。
タ はい。今回はその木の棒を使うんですね。
陽 そうです。「持つ」というテーマでは前にもいくつか稽古をしましたが、今回はこの二本の棒を持ってみるというシンプルな動作から、どんなことがわかるかを見てみたいと思います。車いすを押すときやお世話する人の腕を支えるときなど、介護の場面でもよく似た動作がありますから、そんな場面をイメージしていただいてもいいですね。
タ で、どういうふうに?
陽 棒を一本ずつもって、胸の前あたりに軽く差し出すようにして置いてください。
タ こんな感じでしょうか?
陽 そうですね。強く握らなくても結構です。ごくふつうの感じで。
タ わかりました。で、次は?
陽 動作としてはこれで完了です。
タ ずいぶん簡単ですけど……
陽 簡単な仕事は、やることがシンプルなだけに、「その人らしさ」が出ますよね。考え方とかカラダのクセとかが。
タ たしかにそうですね。例えばコピーをとる仕事だって、準備の仕方とか手順とかから、その人の個性がわかりますからね。すごく手際よく時間効率を考える人もいれば、丁寧にコピーすることに熱心な人もいたりとか。
陽 まさに、ですよね。同じような意味で、「感じる」と「思う」のつながりをみていくときにも簡単な動作ほうがわかりやすいと思うんですよ。
タ なるほど。そこへ行くわけですね。
陽 この稽古をやってみると、「思う」がカラダにどう影響しているかが少しずつわかってきますから。なかなかおもしろいですよ。
タ 次回はどうなるか、まだ霧の中にいるようですが……
◆ Profile ◆
甲野陽紀(こうの•はるのり)
身体技法研究家。東京•多摩市生まれ。高校卒業後、「古武術介護」の提案者としても知られる武術研究家の父、甲野善紀氏の補佐役として各地の講習会などに同行する中で、ささいな動きの違いから感覚がさまざまに変わっていくカラダの不思議さ、奥深さを改めて実感し、特定の方法やジャンルによらない独自の視点からの身体技法の研究を始める。見る、触れる、曲げる、といった、わたしたちが日々、何気なく行っている動作からカラダを見つめ直すことで新しい感覚が生まれていく“発見の体験”は、多くの方の共感を呼び、全国各地の講習会、講演会などで活躍中。スポーツや武術、音楽、医療、介護、運動嫌いの方のための身体講座まで、講座のテーマは幅広く開かれており、ファン層も多彩。都内では、朝日カルチャーセンター新宿•湘南、よみうりカルチャー自由が丘などで定期的に講習会を開催している。日々のくわしい活動はオフィシャルウエブサイトへ。
http://hkhp.p2.bindsite.jp/index.html
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