「介護離職ゼロを目指す」
2015年9月、再選を果たした安倍首相が語った「新三本の矢」。経済成長を目指す政府の方針のひとつに「介護離職ゼロ」という言葉がありました(*1)。「介護離職ゼロ」というのは、「介護職の離職を減らす」ということではありません。「家族の介護を担うために仕事を辞める人をなくす」ということです。
その方法として挙げられていたのが、介護施設の整備や介護人材の育成。こうした政策を進めることで、在宅介護の負担を軽減する。そして、仕事と介護が両立できる社会づくりを本格的にスタートさせたい、とのことでした。
施設整備より先にやることがあるのではという批判も
この政策を聞いた介護関係者などからは、批判の声が上がりました。介護施設を増やすと言っても、一般に、介護施設は現状でも介護人材が不足しています。このため、人員配置基準を満たせず、一部を閉鎖するなどフル稼動できないところが増えています。それなのに会見では、人材不足をどう解消していくかについての政策提案はありませんでした。ここに批判の声が上がったのです。
介護離職を減らす体制を整えるには、施設を増やすより、まず介護家族を支える介護人材を増やしていくことが先決。つまり、介護職の離職を減らし、介護の仕事に就きたいという人を増やしていく取り組みが必要です。
介護を担う人材を確保しないまま施設を増やしても、効果に疑問があるというわけです。
そもそも、施設を増やすことは、膨らみ続けている社会保障費をますます増大させることになるはずです。いま、国を挙げて地域包括ケアを推進していますよね。これは、今後、高齢化が進むことで一層高まる介護や医療へのニーズに、施設や病院に過剰に頼らずに対応するために取り組んでいること。この仕組みができれば、社会保障費を抑えることにつながるからです。それなのに、その方針に逆行するような、「介護施設整備」という政策の提案。何だか矛盾していますよね。
まず離職せずにすむ職場環境整備を
親の介護を経験した40歳以上の人を対象にしたある調査では、働き方を変えずにすんだ人と仕事を辞めて介護に専念した人の職場環境の違いが明らかにされています(*2)。まずは、「休暇の取りやすさ」。働き続けられた人は男女とも、5割以上の人が休暇を取りやすい職場だと答えています。これに対して、離職して介護に専念している人達で、休暇を取りやすいと答えた人は、3割に留まりました。介護しながら働き続けるには、職場環境の整備も大切です。
また、「仕事と家庭のバランスが取れている」という設問への答えにも、大きな差が付きました。働き続けた人は男女とも5割が、「バランスが取れている」と感じているとの回答。それに対し、離職して介護に専念している人で「バランスが取れている」と感じていた人は、2~3割に留まっています。つまり、もともと仕事一辺倒の生活ではなかった人の方が、介護と仕事の両立を図りやすいということですね。だとすると、介護離職を減らすためにまず必要なのは、働きながら介護できる仕組みづくりをしていくこと。それも、産業界を巻き込んで、一緒に有効な方法を考えていくことです。
介護職が親の介護で離職せずにいられるユニークな制度の提案
実は、これは介護業界においても大切なことです。親に介護が必要になったとき、親族の中で一番当てにされてしまうのは介護の仕事に就いている人。特に、娘、嫁の立場にある人たちは、親族から「他人の介護をしているより親の介護を」と言われがちです。本人たち自身も、そこにはまさに大きなジレンマを感じている場合が多いもの。それだけに強く言われると、親の介護を他人任せにする自分が間違っている気分になってしまいそうです。
これを解決する方策として、エコノミストの藻谷浩介さんがおもしろい制度を提案しています(*3)。介護の仕事に就いている人に、「介護マイレージ」のポイントを与えるという提案です。仕事内容や勤続年数に応じてポイントを発行。このポイントを使い、必要なときに優先的に介護を受けられるようにするというのです。このポイントを本人だけでなく、親の介護にも使えるようにすれば、介護の仕事に就いている意義も高まるというわけです。
給与水準が引き上げられないなら、せめてこうした形で介護の仕事を評価できるといい。このエコノミストはそう語っています。こうしたユニークな発想の制度、国にもぜひ検討してほしいですね。
<文:宮下公美子(介護福祉ライター・社会福祉士)>
*1 出生率1.8へ子育て支援 首相、介護離職ゼロめざす 総裁再選会見 2020年へ「新3本の矢」 (日本経済新聞 2015年9月25日)
*2 明治安田生活福祉研究所、ダイヤ高齢社会研究財団「仕事と介護の両立と介護離職」 (2014年11月11日)
*3 中央法規出版『月刊ケアマネジャー』8月号 「Interview 藻谷浩介さんに聞く」より