要介護状態になる「原因の原因」への対策、ゼロ次予防
病気や要介護状態を防ぐための「ゼロ次予防」という言葉をご存じでしょうか(*)。
病気や要介護状態の予防には、一般に一次予防から三次予防までがあります。
一次予防: 病気や要介護状態の発生の原因に対策を打ち、病気や要介護状態になるのを予防すること。
食事や運動などに気を配り、健康的な生活習慣を身につける、介護予防教室で体操を実施することなどがこれにあたります。
二次予防: 病気や要介護状態が進行しないうちに発見して治療、対応し、悪化を防ぐこと。
健康診断や人間ドックによる早期発見、早期治療、栄養士による栄養指導、歯科衛生士による口腔ケアの指導などです。
三次予防: 病気になったり、要介護状態になったりしたあと、リハビリテーションを行って機能回復を図り、社会復帰を促進したり、病気の再発を防止したりすることを指しています。
ゼロ次予防とは、一次予防のさらに前段階での予防のこと。つまり、「原因」への対策ではなく、「原因の原因」に対策を打っていくことです。
たとえば、肺がんの原因の一つとなるたばこ。
肺がん予防で、禁煙を促す「一次予防」に力を入れても、近所にたばこの自動販売機やコンビニ、たばこ屋があったら、つい誘惑に負けてしまいそうですよね。
しかし、簡単にたばこを買えない環境で暮らしていたら、誘惑が少なく、小さい努力で禁煙を実現できそうです。
本人の努力や意志の強さなどに影響を受けがちな「一次予防」に対し、「ゼロ次予防」は、努力や意志に関係なく実行できる環境を整えることを指しています。
運動をしたいと思ったとき、すぐにできる公園や運動設備の整備。塩分を控えてもおいしく感じられる外食や加工食品の開発。
こうしたものを進めていくことで、病気の「原因の原因」を取り除いていこうというのです。
知らず知らずにリハビリできる環境を整備する
介護予防の分野では、一次予防として、ボールやセラバンド(ゴムバンド)を使った体操教室などがよく行われています。
一方、こうした場にはなかなか足が向かず、家に閉じこもりがちな人も数多くいます。そうした人たちに、介護予防の必要性についてこんこんと伝え、教室に参加するよう促していくのも一つの方法です。
しかし、「ゼロ次予防」の考え方は、日々の生活の中で外出や運動機会をふやす環境を整えるという方向。
大きな話になってしまいますが、こうした人がたとえばマイカーで移動するのではなく、バスや電車に乗って移動し、歩く機会を増やせる町づくりをする。
運動そのものではなくても、出かけていきたくなるアクティビティを行うことで、外出機会をふやす。
そんな環境整備、仕組みづくりを行っていくことです。
個人ではなかなか難しいこともありますが、アクティビティなどは介護職にもできることがありそうです。
施設の中では、ゼロ次予防ではなく三次予防にはなりますが、本人の努力を促すだけではない対応を考えるという点で、ゼロ次予防の視点は重要です。
できるだけ動こう、活動しようという気持ちになれるアクティビティ、環境整備を行っていく。生活しているだけで知らぬ間にリハビリにつながる環境にしていく。
そうした視点です。
たとえば、あえて段差をつくり、歩くだけで脚の筋力が鍛えられる環境にする。食事をバイキング形式にして、自分で食事を取り分けることで手や指の機能を高められるようにする。
そんな様々な工夫をして、利用者の状態の維持改善を図っているデイサービスもあります。
誰でも、本当は努力をした方がいいことはわかっていても、つい怠けたくなったり、努力し続けなくてはならないことに嫌気がしたりするものです。
しかし、楽しく過ごす中で、意識せずに鍛えられたり、機能向上につながったりする環境があれば、そこに出かけていこうという気持ちにはなれそうです。
長くリハビリを続け、状態の維持改善を図ってもらうために、事業者もそうした環境の整備を考えていくことが大切ではないかと思います。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*くらしの明日 私の社会保障論 「ゼロ次予防」戦略=千葉大予防医学センター教授・近藤克則(毎日新聞 2017年8月9日)