高齢ドライバーを対象に、条件付き運転免許を導入する案が
ブレーキとアクセルの踏み間違い、高速道路の逆走など、事故の報道が相次いでいる高齢ドライバー。
高齢者の運転免許については、今年3月に改正道路交通法が施行され、認知機能の検査体制が強化されました。免許更新時等の認知機能検査で認知症の恐れがあると判定された場合には、医師の診断を受けることが義務づけられています。
3月~5月の間に認知機能検査を受けた約43万人のうち、認知症の有無にかかわらず、免許を自主返納した人は10万人強いるとのこと(*1)。
在宅の高齢者に関わる機会が多いヘルパーやケアマネジャーなどの中には、危ない運転を心配する家族から相談を受け、その対応に頭を悩ませている方もいるかもしれません。
2017年6月には、警察庁の有識者会議が、高齢ドライバー向けに「限定条件付きの運転免許導入」の提案をしました(*2)。限定条件としては、自動ブレーキ搭載の小型車に限るなどの案が示されています。
75歳以上の高齢ドライバーの死亡事故の原因は、ハンドル操作のミスや、ブレーキ、アクセルの踏み間違いなどの「操作不適」が約3割、漫然と運転して事故を起こす「内在的前方不注意」が2割弱などとされています(*3)。
年を重ねることで衰えた注意力や集中力を、車の機能によってカバーしてもらおうということでしょうか。ただ実際の導入は、運転能力をカバーできる車の開発が、さらに進んでからの話ということのようです。
免許返納は「魂の一部をもぎ取られるようなもの」
2017年1月、丹野智文さんが、イギリスの認知症を持つ人たちに会いに渡英するというドキュメンタリーが放映されました。
丹野さんは自動車販売会社のトップセールスマンだった30代後半のとき、若年性認知症と診断されました。42歳になった今も仕事を続けながら、認知症を持つ当事者の立場から積極的に発言をしています。
イギリスに渡った丹野さんが現地で交流した人の中に、「今の自分にとって一番大事なのは運転免許」というスコットランド人の男性がいました。
イギリス・スコットランドでは認知症になっても、一定期間ごとに運転技能の検査を受けて合格すれば、運転を続けることができます。
番組の中で男性が、次の検査で運転ができないことになったらどう思うかという質問を受け、言葉に詰まるシーンがありました。男性はしばらく沈黙したあとで、絞り出すようにこう答えました。
「運転ができなくなったら…自分の一部は『壊れる』…。それを認めざるを得ない。魂の一部がもぎ取られるようなものだ」
そして、それを隣で聞いていた丹野さんも、我が事のようにボロボロと涙をこぼしました。車の運転が好きで、運転技能を競う大会に出ていたこともあったという丹野さんは、認知症の診断を受けて運転を諦めました。
「運転をやめたときには、本当につらかった…」と、丹野さんは何度も涙をぬぐいながら語りました。
介護職は、運転を諦めるつらさを十分に理解できているか
高齢になり、あるいは認知症になり、注意力や集中力、判断力が衰えて、車の運転が危なくなったとき。家族も専門職も、とにかく事故を起こす前に運転を諦めてもらおうと、その一点にばかり意識が向いてしまいがちです。
一方、本人にとって車を運転するということが、どれほど大きな意味と価値を持つかについては、十分に意識を向けられているでしょうか。
魂をもぎ取られるような思い。免許を返納して数年を経てもなお、涙が出るほどのつらさ。そのつらさを、果たして十分に理解できているのか。
専門職の立場で免許返納について家族と話し合うときには、もう一度そのことに思いを致したいものです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 75歳以上のドライバー、認知症の恐れ1万人超 3~5月(日本経済新聞 2017年6月23日)
*2 高齢ドライバー限定免許を提言 自動ブレーキなど条件 警察庁の有識者会議(日本経済新聞 2017年6月30日)
*3 「だいじょうぶ」キャンペーン 高齢ドライバーの事故減らせ 三重で安全講習会(毎日新聞 2017年6月28日)