認知症になった認知症専門医が認知症について語る意義
認知症を診断する検査「長谷川式認知症スケール」。
介護職の方にも知っている方は多いことと思います。
この「長谷川式認知症スケール」を開発した認知症専門医の長谷川和夫さんが、自分自身が認知症になったと公表したのは、2017年のこと。
それからまもなく2年となるタイミングで、新聞記事と銀行の広告で、長谷川さんのインタビューが紹介されました(*1、2)。
長谷川さんの病気は「嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症」と言います。
日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2017」によれば、この病気は、
1.高齢発症
2.記憶障害で発症するが、頑固、易怒性(怒りっぽい)、被害妄想、性格変化、暴力行動などの行動・心理症状が見られる
3.緩徐な(ゆっくりとした)進行
等の特徴があるとされています(ほか、4~7は省略)。
長谷川さんは、新聞のインタビューで「
自分の中の『確かさ』があやふやになってきました」と語っています。時間も場所も、自分の中の感覚があやふやに感じられるのだそうです。
また広告のインタビューでは、「認知症は連続している」と語っています。
朝は「ピカピカ」していても、夕方になると、疲れのせいで「認知症っぽく」なる。しかし、一晩寝れば、また「ピカピカの自分」に戻る。
認知症は
固まった状態ではなく、行ったり来たり、その繰り返しだというのです。
つまり、「ピカピカの自分」と「認知症っぽい自分」はつながっている。
そして、認知症の専門医だった自分が認知症になるのだから、歳をとれば誰でも認知症になり得る。
あやふやになった記憶に不安を覚えて、あれこれ確認したくなるけれど、確認するより、それは脇に置いて割り切って生活しようと思うようになったと語ります。
そして、そう割り切れるようになったのは一つの救い。そういうことを多くの人に伝えたいと思ったのだと言います。
認知症の第一人者とも言える専門家が、自らの体験を通して、認知症の状態像と、この状態への対処方法を、自分の言葉で伝えていることには、大きな意義とインパクトがあります。
認知症を持つ“本人”の声に耳を傾けることがなぜ大切か
認知症を持つ人を介護していると、「認知症を持つ人とはこういうものだろう」と、外から状態像を捉えることはできると思います。
しかし、それで認知症をわかったように思ってしまうのは怖いこと。
こうして、認知症を持つ本人が、どのような感覚なのかをわかりやすく語ってくれると、捉え方が変わってくるのではないでしょうか。
長谷川さんはまた、自分自身は、一晩寝て「ピカピカの自分」に戻った朝から昼頃まではすっきりしていると語ります。だから、人にもよるけれど、認知症を持つ人と大事な話をするときには午前中にするとよい、というアドバイスもしています。
認知症を持つ本人からのこうしたアドバイスは貴重です。
かつては、認知症になると、何も覚えられず、何も理解できず、何も判断できないと言われていた頃がありました。
しかし、今、介護職でそう考えている人は、ほとんどいないことでしょう。
長谷川さんのインタビューのような話を聞くと、改めて認知症を持つ人たちの内面世界の豊かさを感じます。
だからこそ、認知症を持つ本人の話にもっと耳を傾け、
どのように接すればよいか、教えを請うべきではないかと思うのです。
認知症を持つ人の中には、周囲の誤った対応により、語ることをあきらめてしまっている人もいます。
認知症を持ち、語るのをあきらめた人は、周囲から「何もわからない人」と見なされ、本人の意思が確認されないまま、周囲にすべてをコントロールされてしまう恐れがあります。
介護職の皆さんの周囲で、そんなことは起きていないでしょうか。
認知症を持つ人に丁寧に話しかけ、その思い、心の内を聞く姿勢を持ち続けてほしいと思います。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*1 認知症は神の恩寵か 専門医が当事者として過ごした2年(朝日新聞 2019年9月26日)
*2 三井住友信託スペシャル対談シリーズ「「人生100年時代」を輝かせる、世界の見方。」