高齢者に人気の「自分史作り」。介護にどう活用する?
高齢者の間で、
「自分史作り」が静かに人気を集めているのをご存知でしょうか。
自分の人生を子供時代から振り返って文章にし、写真などとともに小冊子にまとめるものです。これが今、認知症予防や介護サービスの提供に活用され始めています(*)。
過去を思い返し、語り、文章にまとめることが脳を活性化し、認知症予防に効果があると言われています。
では、介護サービスの提供に、自分史はどのように活用できるのでしょうか。
介護保険のサービスは本来、その人なりの自立を支援するために提供されるもの。
しかし、介護保険が始まって20年を経た今もなお、本人(や家族)の「できないことを補う」という視点から支援を組み立てるケースが少なくありません。
対症療法的な支援になりがちなのは、本人や家族自身が「どのような生活を望んでいるか」を、支援する側が十分イメージできないからだともいえます。そもそも本人や家族自身も、どのような生活をしたいかを、イメージできていない場合もあります。
「できないこと」ではなく「やりたいこと」を知るために
支援する側が本人や家族が望む生活をイメージできないのは、
その人がどのような人生を送り、何を大切にしてきたかをよく知らないからです。
たとえば、サービス提供前のアセスメントの際、聞き取りの中心は「生活上の不自由」になりがちなのではありませんか。要介護度や病歴、マヒの有無、歩行の程度、排せつや摂食動作、嚥下(えんげ)状態等、「できないこと」がどこにあるかを聞き取ることにばかり意識が向いていると、「その人の体」のことはわかっても、「その人自身」のことはわかりません。
もちろん、そうした身体的な情報もある程度は必要です。
しかし、身体的な情報を得ることで満足して、支援する側が本人のことを積極的に知ろうとしないまま、支援が進んでいくことがしばしばあります。
とりあえず生活が成り立てば、本人も家族も、支援する側も、それでいいと考えてしまうことがあるように感じます。
しかし介護保険は、要介護者が「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」支援するためのものです。生活が成り立てばいいわけではありません。
「尊厳」を守った生活を実現するためには、
本人について知る必要があるのです。
そこで、本人についての情報を補う上で、役に立つのが『自分史』なのです。
人生の歩みをまとめたものがあれば、そこから、その人の考え方、大切にしてきたもの、時には生活習慣などを知ることもできます。また、自分史を手掛かりにより詳しく話を聞き、「その人」を知ることもできます。
本人自身について知れば、望む生活・望む介護を実現できる
以前、認知症初期集中支援チームとして活動する看護師の方が、「認知症の初期からかかわることの大きな意義は、その方の望む生活を知ることができることだ」と話していました。
認知症が進行すると、自分の歩んできた人生や自分の望みを、周囲に言葉で伝えるのが難しくなります。それからかかわるのでは、その方が望む生活を十分に知ることができず、望みを実現する支援が難しいからです。
そのとき自分史があれば、本人の認知症が深まった場合も、
望む介護を提供する助けになりそうです。
介護職などの支援者が、利用者の自分史作りに直接かかわることは少ないかもしれません。
しかし、支援を提供する過程で、子供のころ、学生のころ、勤めていたころ、子育てしていたころなど、少しずつ話を聞いて記録し、それをその方の「生活史」として蓄積することはできるのではないでしょうか。
本人や家族の同意を得て、かかわる介護関係者でそうした記録を共有しながら充実させる。
そしてそれを、チームとしての支援に役立てていく。
そんな取組があってもいいのではないかと思います。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士
宮下公美子>
*認知症予防へ自分史作り 人生を回顧、脳の働き活性化(日本経済新聞 2020年6月24日)