毎回、介護にまつわる問題点やちょっと困った介護スタッフの珍行動、介護現場での珍事件などを紹介するこのコーナー。
今週は、「温かい食事」という話題について紹介します。
料理が自慢の高級老人ホーム
人間というのは贅沢な生き物。
介護付き有料老人ホームで働く女性・ジュンコさんは、自分よりもはるかに裕福な人たちでも、意外に満たされない人生を過ごしていることを知り、虚しさを覚えるとともに、感謝の念を忘れないようになったという。
ジュンコさんが働いているのは、多摩地区にある介護付き有料老人ホームだ。
その施設は、部屋の広さが60平米以上で、月額費用も30万円を超す、かなりの富裕層向けのタイプ。
大理石をふんだんに使ったエントランス、習い事教室、映画鑑賞会ができる広々としたホールを完備した施設の最大の売りは、調理師ならぬ“専属シェフ”がいることだ。
食事を毎食ごとにA、B、Cの3パターンの中から選ぶことができるという。
毎食ごとに、プロが新鮮な食材で作った料理が用意されており、職員同士で「美味しそうだね」「食べたいね」と、おしゃべりをしてしまうほど、見た目にも見事な仕上がりになっているそう。
だが、当の利用者の反応は必ずしも芳しくはないそうだ。
「自慢の料理」はおいしい?おいしくない?
ジュンコさんがいう。
「私から見れば、どれも大変美味しそうで、かつ大変贅沢な食事ですが、利用者の方が全員満足しているかと思えば、残念ながらそうではありません。
美味しさとともに栄養管理もしなくてはいけないので、栄養バランスを考えたメニューになるのが大前提ですし、カロリーや塩分は控えめになっています。
舌が肥えている利用者も多く、『○○の△△を食べちゃったら、もう他の△△は食べられない』みたいなことを言って、シェフが丹精込めて作ったメインのおかずに手を付けない人もいます」
確かに、いくらその施設がハイグレードだとはいえ、贅の限りを尽くした高級レストランに味で太刀打ちできるはずはない。
一方では、まったく逆の人もいるそうだ。
「これは、大変な資産家で、誰もが羨むような生活を送ってきた男性の話しです。その男性は、妻を亡くした後は一人暮らしになり、料理はすべて近所に住む娘さんが作っていました。
基本的に料理はすべて作り置きで、ご飯時には、電子レンジの音が何度もキッチンに鳴り響いていたそうです。
ところが施設に入ると、目の前に並ぶ料理はすべて作りたてなので、初めて施設でご飯を食べた時、男性は『作りたての料理は本当に美味しい』と、涙を流さんばかりに喜んでいました。
その男性は、『電子レンジの“チン”という音を聞くだけで、食欲が無くなっていた』と言い、『“温かいものは温かく、冷たいものは冷たいうちに”が一番美味しい』『おしゃべりをしながら食べると本当に美味しい』と、常に満ち足りた様子で、食事の時間を楽しみにしています」
施設で余生を過ごす身として、“せっかくの料理に手を付けない人”と“温かい料理を楽しみにする人”のどちらが幸せかを一概に論じるのは難しい。
だが、ジュンコさんは「私は、温かい料理が一番と言える人でありたい」と、感謝の念を忘れないように心がけているそうだ。