生活保護を受けるより死を選んだ?
2016年6月、悲しい事件の判決が下りました。2015年11月に、埼玉県深谷市の利根川で起きた、介護無理心中事件です。この事件は、13年間、認知症の母親(当時81歳)を父親(当時74歳)と2人で介護してきた47歳の女性が、将来を悲観した父親に心中しようと言われ、利根川に車ごと進入して入水心中を図ろうとしたもの。結果、女性だけが生き残り、母親に対する殺人、父親に対する自殺幇助の罪に問われていました。女性の姉2人は処罰しないよう求めていましたが、懲役8年の求刑に対し、懲役4年の実刑判決が下りました(*)。
母親の介護は、同居する女性と父親の2人だけで担っていました。2人の姉は介護にはタッチせず、経済的な支援も難しい状況だったとのこと。13年間、母親の要介護認定の申請をしておらず、介護保険のサービスは利用していませんでした。女性は3年前に介護のために離職。両親は無年金で、以後、父親の新聞配達による収入約20万円だけで生活してきました。その父親が2014年に頸椎を痛めて新聞配達をできなくなり、収入が途絶えたことから、父親が心中を持ちかけたのでした。
実は、事件の4日前、女性は生活保護を申請しています。生活保護担当から介護保険の利用を勧められ、すぐに母親の要介護認定も受けています。しかし、認定の結果も、生活保護受給の決定も待たずに、事件に至ってしまいました。事件後、この女性は、「本当は生活保護を受けたくなかった」と言っていたそうです。生活保護を受けながら生きていくより、死を選ぼうとしたということなのでしょうか…。
介護が必要になってからでは遅すぎる
2016年3月現在、全国の要介護・要支援認定者数は約620万人。このうち、第1号被保険者数は約607万人。第1号被保険者に対する、65歳以上の認定者数の割合は約18%です。
認定を受けているのは、65歳以上の人のわずか2割弱なのですね。認定を受けていない残り約8割のうち、この母親のように、介護が必要でありながら受けていない人はいったいどのぐらいいるのでしょうか。
近年、心ある多くの介護関係者が、「介護が必要になってから、介護職が関わるのでは遅すぎる」と発言しています。地域包括ケアが推進され、介護職が地域に目を向けるようになったのは、介護が必要になるまで待っていては救いきれない人たちがたくさんいることに気づいたことも一つの要因です。この家族も、もっと早い段階で介護などの専門職が関わっていれば、介護負担の軽減も、経済的な不安への対応も、できていたのではないでしょうか。
しかし、家族だけで閉じこもりがちな家庭では、なかなか外に目が向かず、自ら助けを求めようという発想が出にくくなります。また、周囲の人たちも、本人たちの苦しさに気づけず、支援が必要であることがわかりません。わかったとしても、介入のタイミングを見いだしにくいのです。
互いに支え合える地域づくりを、専門職が支援していく
こうした家庭を、専門職が一つ一つ見つけ出すのは実のところ困難です。ではどうすればいいでしょうか? 近隣の人が気づけるような近所づきあい、地域の支え合いを復活させることが必要なのではないでしょうか。この家族の近所の人たちは、女性がいかに献身的に介護をしていたかを知っていました。しかし、知っていても、それ以上の声かけをする間柄ではなかったようです。それだけに「私たちにもできることがあったのかもしれない」と、事件後、近所の人もショックを受けています。
そうならないように、地域づくりを進め、住民が互いに緩やかに見守る関係を作っていくこと。それには、専門職の促し、下支えが必要です。住民同士が適度な距離感で関われるような場を作り、互いに見守り合ってもらう。そして何かあったら、介護や福祉の専門職にすぐにつないでもらうような、そんな仕組み作りが求められているのです。
家族だけが頑張っても、専門職だけがかけずり回っても、介護を含めた人間の暮らしはうまく行きません。住民同士が支え合い、その支え合いがうまく機能するよう専門職がバックアップする。そんな地域をつくっていきたいものです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
* 利根川心中、三女に懲役4年「両親の顔忘れず生きて」 (朝日新聞 2016年6月23日)