認知症治療薬のアリセプトやメマリー。介護職の間では、あまり評判が良くありませんよね。「本当に効いているの?」「飲んだらかえって体調が悪くなった」という声も耳にします。特に、アリセプトやその後発売された同様の薬効を持つレミニールは、怒りっぽくなるという副作用がしばしば報告されています(*)。利用者の生活を見る介護の専門職として、医師の処方が気になる場合の対応は難しい問題です。
薬の処方を巡る、医師のケアマネジャーへの怒り
医師、介護職が集まった勉強会で、医師からケアマネジャーに対して、強い抗議の声が上がったことがありました。それは高齢者Aさんの薬の処方に関わることでした。ある薬の処方を受けたAさんは、薬を飲み始めてからかえって体調が悪くなったように感じていました。Aさんは、利用しているデイサービスで、いつものように看護師に体調を聞かれたとき、軽い気持ちでそれを伝えました。すると、看護師から「一度医師に相談してみては」と言われました。
そのすぐあと、Aさんはモニタリングで自宅を訪れたケアマネジャーにこうしたやりとりについて伝えました。これを聞いたケアマネジャーは、「それはきっと薬のせいだと思うので、とりあえず飲むのを止めて、先生に薬を変えてもらったほうがいい」と伝えました。Aさんはその提案に従って服用を中止。そして、薬を処方した医師を受診した際、ケアマネジャーに言われたことも含め、服用を中止した経緯を医師に伝えました。
みなさんも想像が付くと思いますが、これで大きなトラブルになりました。
医師が介護職も参加する勉強会で訴えたのは、次のようなことです。
●薬の処方は医師の専権事項であり、処方した医師以外がこれを無断で変更することは認められていない。
●自分は、患者への治療の責任を持つ医師として、全身全霊を揚げて処方箋を書いている。
●医学について専門に学んでいないケアマネジャーが、処方薬の服用中止や、医師への処方変更を患者に指示したりすることは許されない。
この医師は、頭から湯気が出るほどの怒りを見せていましたが、これは当然の怒りです。医療職は介護職を下に見ている、というような意見が出ることがありますが、これは全く別の話です。専門職同士として、相手の専門分野にいたずらに立ち入ってはいけないことを、このケアマネジャーはきちんと意識するべきでした。
処方薬の影響をモニターできるのは介護職
ただ、支援に当たっているとき、利用者の話や様子から、これは薬の影響ではないか、と感じることは多々あると思います。高齢者の場合、身体の水分量が減っているため、成人より薬の効き目が強く出がちです。薬の効き方に個人差も大きく、高齢者への薬の処方は少なめから慎重に始めるという医師が多いようです。一方で、高齢者への処方に慣れていない医師は、成人を基準に処方量を考えてしまうこともなくはありません。そのため、思った以上に薬が効き過ぎてしまうということは起こりうるのです。
実は、そこに介護職の出番があります。
医師より頻繁に利用者と接する機会がある介護職であれば、薬を服用し始めたあとの変化をモニタリングすることができます。利用者も、医師には言いにくくても、介護職には服用後の不調を言いやすいということもあります。そこで、薬を服用し始めて体調が変化したようなら、その変化を客観的情報として収集しておくのです。
特に、モニタリングが必要なのが睡眠薬や抗精神病薬です。それまでになかった失禁が見られた。いつもなら朝8時には起きているのに、昼過ぎになっても起きられなかった。食事中に眠ってしまうようになった。こんな変化があった時、それが何月何日何時頃起きていたかをメモしておきます。
こうした「客観的な」情報を取りまとめて医師に伝えれば、医師は薬が強すぎた、弱すぎた、違う薬の方がよいなど、判断することができます。そのとき、「薬が強すぎるのでは」など、個人的な意見や感想を付け加えてはいけません。あくまでも「薬を飲み始めてからこんな変化があった」と、客観的な情報だけを伝えるのです。
あるケアマネジャーは、睡眠薬や抗精神病薬の処方を受けた利用者がいると、その利用者を担当している訪問介護事業所と連携し、こうした情報をいつも収集するようにしているそうです。そして、気になることがあれば、この情報を医師に伝えることにしています。最初は「何をよけいなことを」という態度を取る医師もいたといいます。しかしそれでも報告を続けたところ、次第に医師の方からケアマネジャーに利用者の様子を尋ねてくるようになったそうです。
これこそが生活を守る介護職の役割です。そしてまた、「医療と介護の連携」のあるべき姿と言えるかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*笑顔で認知症!/上 一人ひとりに合わせた投薬を (毎日新聞 2016年9月28日)