介護職の役割とは何でしょうか。要介護になった人に介護を提供することでしょうか。
本人が持っている能力を引き出し、その人なりの自立を支援することでしょうか。
どちらも間違いではありません。
しかし、どちらも介護職の役割すべてを言い表しているとは言えません。
介護職に求められるものは、「地域包括ケア」の時代となり、変わりつつあるのです。
「プロに任せればいい」と離れていく近隣住民たち
ある学会で、診療と並行して地域づくりに取り組む、地方在住のある医師が、「介護サービスの功罪」について指摘していました。
体が不自由になったり、認知症の症状が出たりしていても、近隣の住民に支えられながら何とか在宅生活を送っている高齢者はたくさんいます。
そうした高齢者にケアマネジャーが付き、デイサービスや訪問介護が導入されると、どうなるでしょうか。
近隣の住民たちがホッとして、「後はプロに任せればいい」「自分たちの出る幕ではない」と、手を引いてしまうのだそうです。
「介護サービスを利用するのも、善し悪しだと思う」とその医師は語っていました。
一方で、ある地方都市で互いに支え合えるまちづくりに取り組んでいるある介護事業者が、こんな話をしてくれたことがあります。
その町に、認知症を持ちながらも近隣住民に見守られて、一人暮らしをしていた女性がいました。
女性は徐々に認知症が進み、物盗られ妄想で近隣住民をなじったり、街角で住民をつかまえて1時間も繰り返しの話をしたりするようになりました。
近所の住民たちはそんな女性を支えるのに疲れて敬遠するようになり、女性は在宅での生活が難しくなりました。
自宅から離れたくないと言っていた女性ですが、やむなく、その介護事業者の運営するグループホームに入居することになりました。
そのとき、その事業者は近隣の住民たちのところに出向き、こんな話をしたのだそうです。
「おそらく女性は、すぐにはグループホームでの生活に慣れることができないだろう。
ホームから家に戻って過ごしたがるかもしれない。
そのとき、私たちはそれを止めはしない。
どうか女性が家に戻ったら、女性をよく知るみなさんが見守ってあげてほしい。
家で見守っていて困ったことがあったら、いつでも連絡してほしい。
連絡があれば私たちはいつでも駆けつける」と。
住民の「力になりたい」という思いを引き出す
話を聞いた近所の住民は、事業者の頼みを快く引き受けました。
実際、入居後1週間ほど、女性は夜になると自宅に帰って眠りました。
すると、住民たちは、頼んだ事業者も驚くほど、こまやかに女性のことを気に掛けてくれたのです。
女性がグループホームに入居したことで距離を取ることができ、気持ちに余裕ができたからでしょう。
そして、自宅で暮らし続けたいと言っていた女性のために、長いつきあいがある自分たちにできることがあればしてあげたいという気持ちを、事業者が上手に引き出したからだとも言えます。
さらには、この事業者が、住民から「困っているからすぐに来てほしい」という連絡を受けたとき、何を置いてもすぐ駆けつけることで、地域の信頼を得ている存在であることも大きかったと思います。
今では、この女性は自宅に帰りたいということもなくなり、近所を散歩したり、なじみの住民たちの訪問を受けたりしながら、グループホームで落ち着いて暮らしています。
介護職だけで、要介護の高齢者の生活を守ることはできません。
いかにして住民を含め、高齢者を取り巻く多くの人たちの力を引き出し、共に支えていく仕組みを作るか。
それこそが、「地域包括ケア」時代の介護職の役割なのではないでしょうか。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>