なかなか絶えることのない、老人ホームでの虐待のニュース。
2017年2月には、神奈川県三浦市の特別養護老人ホームに入所している男性に複数の骨折が見つかったことから、家族が刑事告訴に踏み切ったことが報じられました(*)。
老人ホームでの事故のあと、対応のまずさから民事訴訟が起きることは時折あります。
しかし、公的施設である介護保険施設で、刑事告訴に至るようなトラブルが起きることはそうありません。ちょっとショッキングなニュースでした。
介護施設側と家族がトラブルになる大きな原因は
施設側は「虐待ではなく、けがの経緯も説明できる」と主張しているようです。
しかし、家族を刑事告訴にまで踏み切らせたのは、ホーム側の対応に、何か家族に疑問、もっといえば不信感を抱かせる点があったからではないでしょうか。
この事件では、家族が発見したけがの前に、事故が起きています。
事故が起きたとき、どう対応するかについては、多くの施設でマニュアルを作成しています。
受診が必要かどうかを判断し、必要なら救急搬送する。家族に連絡する。事故前後の事実関係を確認する。事故の経緯とその後の対応を家族に説明する。事故報告書を作成して保険者に提出する。これらを全て記録に残す。
そんな内容が多いと思います。
家族への連絡が遅れたり、受診が必要な状態なのに受診していなかったり、事故の経緯の説明が不十分だったり。事故後の対応で、家族の不信感を招く可能性はいろいろあります。
筆者が介護サービスの苦情相談業務を担当した経験からいうと、中でも、家族の不信感を招きがちなのは、事故が起きた経緯について、施設側が明快に説明できないときです。
家族が知りたいのは、なぜ事故が起きたのか、それを防ぐ手立てはなかったのかということです。この疑問に答えられないのは、多くの場合、事故が起きたときの状況をきちんと把握できていないためです。
とはいえ、限られた人数で入所者のケアに当たっている以上、全ての入所者のことを24時間もれなく見守り続けるのは不可能です。
しかし、そう認識していない家族は少なくありません。家族とトラブルになる原因の一つは、ここにあります。
事故が発生する前に、専門職の介護にも限界があることを、家族に正しく認識してもらっていないことが問題なのです。
事故対応マニュアルだけでトラブルが防げるわけではない
家族は在宅での介護が難しくなり、プロの介護に委ねようと、施設への入所を選択します。そのとき、多くの家族が思うのは、「プロに任せればもう安心だ」ということです。
しかし、人が生活していれば、必ず事故のリスクはあります。専門職が介護していても、事故を100%防ぐことはできません。
だとすれば、まず、できることとできないことを明確化し、それを家族にもきちんと理解してもらう努力が必要です。
もう一つ大切なのは、それでも介護のプロとして、100%事故を防ごうという気持ちで精一杯工夫と努力を重ねること。そして、その工夫と努力を、日頃から家族にきちんと伝えることです。
事故を100%防ぐことなどできないのだから、事故が起きても仕方がない。そんなふうに考えていると、それは必ず介護の姿勢に表れます。そして、事故以前に家族とトラブルになりかねません。
日頃から、一人ひとりの入所者を正しくアセスメントし、どこにリスクがあるかを把握する。その上で、事故リスクを減らす適切なケアを行っていく。それを家族にも伝え、理解してもらう。
そうした努力と工夫とコミュニケーションの積み重ねがあれば、事故があっても、家族の反応は違うはずです。家族が、本人の状態、介護職の努力を十分理解していれば、事故が起きることは予見でき、事故が起きた事情を察することができるからです。
どれだけ綿密な事故対応マニュアルを作成しても、それだけでトラブルを防げるわけではありません。
事故があっても、「これだけやってもらっていたのだから仕方ない」と、家族に言ってもらえるだけの努力や工夫をしているか。家族と密にコミュニケーションを取り、信頼関係を築けているか。それを考えてみる必要があります。
大きなトラブルを防ぐには、事故が起きてからでは遅すぎます。日頃からのこまやかなケア、こまやかな家族とのコミュニケーションが大切なのです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*特養 神奈川・三浦の老人ホームで「虐待」 刑事告訴へ(毎日新聞 2017年2月15日)