細部にこだわりすぎず、全体を見ることの大切さ
利用者の思いに寄り添いたい。そんな気持ちが強い介護職は、利用者との距離が、物理的にも心理的にも近くなりがちです。
近づくことで、きめ細かいケアができるという利点がありますが、一方で、距離が近すぎることで、かえって見えなくなってしまうこともあるようです。
日本経済新聞に、精神科医で認知行動療法研修開発センター理事長の大野裕さんによる「こころの健康学」という連載コラムがあります。
2017年10月9日には、「細部から距離置き考える」というタイトルのコラムが掲載されました。大野さんが医師になってしばらくしてアメリカに留学した際の話です。
英語が苦手で、患者から英語を直してもらうことも多く、診療に苦労したことが書かれていました。非常につらい経験だったそうですが、いま思うと、それが臨床感覚を高める助けになったのではないかというのです。
なぜでしょうか。
大野さんは、言葉で十分に理解できなかったため、会話全体のニュアンスを感じ取ろうとしました。また、話していることではなく、話している「人」に注目したとも書いています。
細部にこだわりすぎず、全体的な視点から問題を見ることができたそうです。
つまり、コラムのタイトル通り、「細部から距離置き考える」ことができていたというのです。
おもしろいことですが、長谷川式認知症スケールの開発で知られる精神科医の長谷川和夫さんや、心理分析家の故・河合隼雄さんも、大野さんと同じような体験をしています。
長谷川和夫さんは、やはりアメリカ留学中、言葉がわからず診療ができない、もう無理だと思い、留学3ヶ月目に指導医に「辞めたい」と伝えました。
すると指導医にこう言われたそうです。
「あなたに対して、患者からも看護師からもクレームは一つも来ていない。精神科医としていい仕事をしているからだ。精神科医にとって、言葉だけがコミュニケーションではない。態度や仕草も大切だ」
一方、河合隼雄さんは心理分析家になるため、スイスに留学しました。河合さんもまた、言葉がわからず苦労したそうです。
しかし、言葉も十分に通じない、外国人のカウンセラーである河合さんにわざわざ予約を入れてカウンセリングに通ってくる人はたくさんいたといいます。
そのことを河合さんも不思議に思ったそうですが、クライアント(患者)がやってくる理由は、大野さんや長谷川さんのときと同じだったのではないでしょうか。
利用者との距離が近すぎると、介護職は「気づき」を逃してしまうかも
外国人の介護士の受け入れでも、もしかしたら同じことが言えるかもしれません。
言葉が完全には理解できなくても、だからこそ、思いをきちんと汲み取ろうとする。全体を見て判断する。そんな姿勢が身につくかもしれないですね。
実際、外国人介護士を雇用している法人の話を聞くと、ほとんどがその仕事ぶりを高く評価しています。
一方、日本人の介護士は、利用者との距離が近くなりすぎると、かえって気がつけないこと、見えないことが出てくる場合があります。
気持ちが近づきすぎていたり、その利用者の一つの問題の解決に一生懸命になったりしすることで、他の問題に気がつけなくなるのです。
ある施設に、誤嚥性肺炎を繰り返している利用者がいました。
食形態を変えたり、食事介助の方法を変えたり、さまざまな工夫をしましたが、なかなか誤嚥の原因が見つけられませんでした。
その施設では、昼食時にテレビをつけています。あるとき、その利用者がテレビを見ている姿勢をたまたま離れて見ていた職員が、誤嚥の原因に気がついたそうです。
原因は、高い位置にある壁掛けテレビを見上げるため、頻繁に顎を上げていたことでした。
顎が上がると、食べたものが気道に入りやすくなってしまうのはよく知られていること。しかし、テレビを見上げているために、顎が上がることには、職員も気づいていなかったのです。
その後、テレビを低い位置に設置し直したところ、誤嚥はなくなったそうです。
利用者への対応に行き詰まりを感じたら、ちょっと離れて全体を見てみる。そこから、何か見えてくるものもあるかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>