一刻を争う人のために、高齢者の救急搬送ルールが変わる?
介護施設等での入所者の看取り。すでに特別養護老人ホームなど介護保険施設の7割以上が、看取りに取り組んでいます(*1)。
利用者(入所者)本人は、どのような看取りを望んでいるのかについて、確認を行っている施設は4割強。確認していない施設も、実は4割弱あります。
看取りの希望を把握できていないと、状態が急変したときに適切な判断ができません。
親族に判断を求めてもすぐに連絡が付かない場合は、大事を取って救急搬送することになりがちです。
救急車の出動件数は年々増加を続けており、2015年に年間600万件を突破。2016年はさらに増えて出動620万件を超え、搬送人員数約562万人と、過去最高となりました。
実は、救急搬送されている人の6割弱を高齢者が占めています。
しかも、介護施設等からの救急出動の要請では、救急隊員が駆けつけると家族などから「本人は蘇生を望んでいない」と告げられることもあるとのこと。
これにより、一刻を争う救急対応が必要な人への出動の遅れにつながりかねない状況が生まれているという指摘もあります。
こうした状況を受けて、2017年11月、高齢者の救急搬送時の対応について、総務省消防庁関連の研究班から、持病や老衰で終末期にある介護施設等の入所者が心肺停止した場合の対応手順案が発表されました(*2)。
手順案では、以下の条件がそろっている場合、救急隊員は心肺蘇生を中止できるとしています。
(1)持病や老衰による心肺停止による救急出動要請
(2)入所者の蘇生を希望しない意思がわかる事前指示書がある
(3)担当医の蘇生中止指示がある
現法制度下では、老衰で余命わずかと思われる高齢者であっても、救急隊員の判断で蘇生を中止するわけにはいきません。
今回の手順案は、研究班による提案の段階であり、決定事項ではありません。しかし研究班としては、法整備への議論につながっていくことを期待しているとのことです。
介護施設の入所者に「最期の迎え方」を確認していますか?
しかしそれ以前に、介護施設が、看取り期の入所者の救急出動の要請が本当に必要なのかどうかを、的確に判断できる体制を整えておくことも大切です。
脳卒中や心筋梗塞など、不測の事態での救急出動要請はやむを得ない場合があります。
しかし、ガン末期、心不全、あるいは老衰など、人生の締めくくりが近づいている入所者の場合はどうでしょう。
介護施設側は、事前に、親族ともしもの場合の対応についてじっくりと話し合う。状態が悪化した場合の判断と対応の道筋を、嘱託医も交えて話し合う。そして、それを書面にして親族と共有し、一定期間ごとに見直す。
そうすることで、不要な救急出動を減らせるかもしれません。
どんな場合でも、必ず救急出動を要請してほしい、という家族もいるかもしれません。大切な身内に一日でも長く生きていてほしいという家族の思いは尊いものです。
そうした思いは大切にしながら、家族が適切な判断をできるよう、看取りに関わる知識、情報について、ある程度共有しておけるといいですね。
たとえば、心肺蘇生による体へのダメージや延命後の本人の状態の見通しについて、嘱託医や看護師の力も借りながら、家族も交えて共に学んでみるといったことです。
医療職から、終末期の高齢者への対応について丁寧に話をしてもらうことで、家族の気持ちも変わることがあるかもしれません。
急変したら医療へ、と頼りすぎることなく、介護施設も事前にできる対応をしっかりとしていくことが大切です。
救急隊員が、本当に救急搬送を必要としている人に迅速に対応できる環境を整える。それが大事だということはわかるけれど、あまりピンとこないという人もいるかもしれません。
しかし考えてみてください。それは、自分自身や自分の大切な人のためでもあるのです。
いつか、自分自身、あるいは自分の大切な人が、迅速な救急要請を必要とする日が来ないとは限らないのですから。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 施設、在宅での看取りの状況に関するデータ(社保審介護給付費分科会)【PDF】
*2 高齢者救命 本人望めば蘇生中止 消防庁委託研究班提言(毎日新聞 2017年11月18日)