介護職には当たり前?認知症のケアメソッド「ユマニチュード」
フランス人のイヴ・ジネストさんが考案した、ケアメソッド「ユマニチュード」。日本に紹介されてから6年近くたち、少しずつ介護の現場にも拡がってきました。
ユマニチュードは、もともとは看護師の腰痛対策の仕事に携わったイヴさんが、寝たきりにされている人の多いケア現場の実態を見て、寝たきりの人に自力で立ち上がってもらうケアに取り組んだことが始まりでした(*1、2)。
ユマニチュードでは、以下の4つの柱を基本として、認知症のある高齢者などの対象者に接します。
1.見つめること
2.話しかけること
3.触れること
4.立つこと
この基本を見ると、介護職にとっては「そんな当たり前のこと!」と思う人もいるかもしれません。
実際、介護職にユマニチュードの話をすると、「看護の現場では目新しいかもしれないが、私たちはそうしたケアをずっと前からやっている」と答える人が少なくありませんでした。
しかし、ユマニチュードの研修を受けた多くの人は、この当たり前のように思えることが、「できているつもりでできていなかった」ことに気づくといいます。
高齢者の気持ちに気を配って「見つめること」「話しかけること」
例えば、「見つめること」と「話しかけること」。
ケアする前に高齢者をちらりと見て、「○○さん、おむつ替えますね」と声をかけたことを、「見つめて」「話しかけた」と思ってはいないでしょうか。あるいは、ベッド上に寝ている高齢者を上から見下ろして、「そろそろ食事だから車いすに座りましょう」と声をかけ、その人の返事も待たずに移乗介助に取りかかったりはしていませんか。
実は、介護の現場でもそうした例はとても多いのです。
高齢になり、認知機能が衰えた人は、離れたところから声をかけられても、自分への声かけだと気づかないことがあります。
ユマニチュードでは、まずドアをノックするなど、こちらに注意を向けてもらいます。その上で、ゆっくりと正面から笑顔で近づきます。そして、目線の高さを合わせて20cmくらいの距離から、ゆっくりと穏やかな声で話しかけます。
毎回、そこまで気を配って、ケアをしている介護の現場は決して多くないのかもしれません。
話しかける内容も、いきなり本題からは入りません。
「とても顔色がいいですね」「いい笑顔ですね」など、まずポジティブな言葉をシャワーのようにかけていきます。
そして、対象者の気分が和らいだところで、自分の名前を名乗り、これからするケアについて、対象者が嫌がる言葉を使わずに説明します。お風呂嫌いの人には、お風呂という言葉を使わずに入浴を促すわけです。
一つひとつのアプローチにおいて、対象者に「不快なイメージ」を呼び起こさないことを重視します。もし、不快にさせて拒否されてしまったら、無理をせずに一度撤退します。不快なイメージを定着させないためです。
相手を尊重することで、介護する側も介護される側もストレスのないケアを
介護職の中には、忙しい介護現場で、そんなことはしていられないという人もいます。看護の現場でも同じ意見が出たそうです。
しかし、相手が嫌がり、拒否しているケアを無理矢理やろうとして、かえって時間がかかったことはないでしょうか。また関係を損なったことで、その後も「あなたは嫌い」と、高齢者からケアを拒否された経験はないですか。
それより、最初から相手が嫌がらない方法で時間をかけてケアする方が、ケアにかかる時間を短縮できることが、すでに多くの介護現場では経験されているといいます。
対象者のためを思って一生懸命にやっているケアで、対象者を怒らせ、関係を損なうのは、ケアする側にとっても悲しく、大きなストレスです。
ケアする側もされる側もストレスを感じないですみ、しかもケアにかかる時間が短縮できるのであれば、こんなにいいことはありません。
ユマニチュードは、細かい手順が決められているケアメソッドです。きちんと身につけるには、一定の研修を受ける必要があります。
しかし、相手をとことん尊重し、相手のペースに合わせるという基本的な考え方は、書籍などでも学ぶことができます。
ユマニチュードの基本の考え方を学ぶだけでも、介護現場でのケアの新たな視点を身につけられるのではないかと思います。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 認知症ケア技法「ユマニチュード」考案者 イヴ・ジネストさん(1)人は最期の日まで立てる(日本経済新聞 2018年4月23日)
*2 認知症で攻撃的な人いない 向き合う~認知症ケア技法「ユマニチュード」考案者 イヴ・ジネストさん(2)(日本経済新聞 2018年4月30日)