介護保険の制度上のサービスだけではない様々な「共生」
障害や認知症を持つ人も健康な人も、みんなが生き生きと自分らしく暮らせる「共生社会」。
介護保険でも、2018年度改正により介護保険のサービスと障害福祉のサービスが相互乗り入れした「共生型サービス」が位置づけられました(
「共生型サービス」に関する記事はこちら)。
また、「共生」というキーワードがよく使われるようになり、制度上のサービスだけでない「共生」も様々なシーンで見られるようになってきています。
最近増えてきた、子ども食堂ならぬ「みんなの食堂」「誰でも食堂」なども「共生」の例の一つです。一人親家庭の子どもや、経済的に困窮している家庭の子どもに食事を提供する「子ども食堂」は、ブームのように増え、今では全国で約2300箇所あるといわれています。
しかし実のところ、温かい食事や人との関わりを必要としているのは、子どもだけではありません。それが知られるようになり、今は対象を子どもに限定しない「みんなの食堂」「誰でも食堂」なども増えています。
「みんなの食堂」や「誰でも食堂」は、地域の人たちが集い、共に食事を作り、食べることでつながりを深めていく場として機能しています。
食事はあくまでもツールであって、「集って交流すること」を目的とした場だとも言えます。こうした場を通して、薄れていた住民同士のつながりが、少しずつ結び直されている地域もあります。
また、サポートが必要な人のための住居も、様々なスタイルのものが増えてきました。
これまでサポートが必要な人のための住まいは、高齢者のグループホームや高齢者向け住宅、障害者のグループホームなど、「縦割り」でつくられていました。
それが、障害を持つ人、高齢の人、一人親家庭など、少しサポートが必要な人が共に暮らし、互いに支え合う共生型住宅などがあちこちで開発されるようになってきたのです。障害を持つ人が暮らしながら働ける、「住まい」+「仕事」という集合住宅などの開発も進行しており、様々な形での「共生」が拡がってきています。
介護事業所でも始まっている、居場所としての「共生の場」の提供
そうした新たな形の共生の場をつくるばかりではなく、既存のサービスの場を共生に活用するケースも増えてきました。
たとえば、心が傷つく体験をし、長く引きこもって生活してきた人たちが社会復帰する場としての活用。先日はNHKで、引きこもりだった若者たちを学童保育で研修生として受け入れ、若者たちの社会復帰に貢献している例が紹介されていました。
研修生の一人は、「子どもたちが自分の過去を気にせず接してくれるから働きやすい」と語っていました。
しかし実は、学童保育ばかりでなく、介護保険サービスの事業所でも、引きこもりの経験者や精神疾患、発達障害などを持つ人を受け入れているケースは多々あります。
学童保育同様、利用者である高齢者たちが、「過去」を気にせず接するから、居心地がいいのかもしれません。
ある介護事業所では、週1日、まず「居場所」として2~3時間滞在してもらうことから始めます。ただソファに座っているだけでいいのです。
すると時には、事情を知らない高齢者が話しかけてくることもあります。それに答えてもいいし、答えなくてもいい。席を立ってしまってもいい。いたいようにそこにいればいいと、その事業所の管理者は言います。
そして時々、「大丈夫?」などと声をかける。距離はとるけれど、さりげなく気にかけておく。それぐらいがちょうどいいらしいと語っていました。
確かに、心が疲れている人たちにとって、批判もされず、かまわれすぎもせず、“ただいるだけでいい”という空間で過ごせることは、さぞ心が癒やされることと思います。
そうして、何の役割も負わされることなく過ごす日々を重ねながら、事業所で過ごす時間を徐々に延ばし、通う日数を増やしていきます。
引きこもり経験者や障害を持つ人が、事業所を安心・安全に過ごせる「居場所」と感じられるようになったら、次は少しずつボランティアとしての役割を担ってもらいます。洗濯物をたたんだり、食事の支度を手伝ったり。
介護事業所でボランティアとしてできることを少しずつ増やしていくうちに、職員にステップアップする人もいます。事業所を巣立ち、新たに就労する人もいます。その人なりのペースで社会復帰を果たしていくのです。
高齢者介護で「困難ケース」と呼ばれる人を、積極的に受け入れている懐の深い事業所に、こうした引きこもり経験者や障害を持つ人を支援する機能を果たしている介護事業所が少なくありません。
そして、これこそが本当の意味での「共生」の実践ではないかと思うのです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>