介護現場での看取りが増加。知っておきたい「緩和ケアとは何か」
2019年1月、ベストセラー『病院で死ぬということ』の筆者で緩和ケア医の山崎章郎さんの「緩和ケアとは何か?」と題したコラムが新聞に掲載されました(*)。
そのコラムによれば、「緩和ケア」とは、「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」とのこと。これはWHO(世界保健機関)が2002年に行った定義です。
山崎さんは、「緩和ケア」という言葉を使う医療者に出会ったら、WHOの定義に基づく緩和ケアのことを言っているかどうかを確認するよう促しています。
というのも、緩和ケアの本当の意味を正しく理解していない医療者による緩和ケア医療は要注意だからだ、と指摘しています。
近年、在宅や介護の現場での看取りや緩和ケアも増えてきました。
緩和ケアの実践の中心は医療職だとしても、介護職も緩和ケアの本当の意味を理解しておく必要があるかもしれません。
緩和ケアで対応が必要な「スピリチュアルな問題」とは
ところで、WHOによる「緩和ケア」の定義には、普段あまり使わない「スピリチュアル」という言葉がありました。かつて、日本では「スピリチュアル」という言葉がブームのようになり、「スピリチュアル」=「霊的」というとらえ方をしている方も多いように思います。
しかし、ここでいう「スピリチュアル」はもっと広い意味を指しています。
1983年にWHOが「がんの緩和ケアに関する専門委員会報告」で行った「スピリチュアル」の定義は、以下のような内容でした。
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「スピリチュアル」とは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって、「生きていること」が持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、「スピリチュアル」は「宗教的」とは同じ意味ではない。スピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した、人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い。
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WHOの定義に従えば、スピリチュアルなものとは、「生の全体像を構成する一因子」であり「生きている意味や目的についての関心や懸念と関わるもの」。
冒頭の緩和ケアの定義に戻れば、人は命を脅かす病に直面すると、身体的な問題や心理社会的な問題だけでなく、「スピリチュアルな問題」も生じるとされています。
高齢になって生き続けることに苦しさがある時代に、介護職がすべきこと
「スピリチュアルな問題」は、命を脅かすがんのような病気だけでなく、自分自身のアイデンティティ(自分らしさ・自分が自分であるという意識)が徐々に失われていく認知症などを持つ人にも起こります。
そして、がんや認知症を持つ人には、スピリチュアルな問題が引き起こす「スピリチュアル・ペイン」(スピリチュアルな面の痛み)をケアする「スピリチュアル・ケア」が必要とされています。
スピリチュアル・ペインとは、例えば以下のようなものが考えられます。
・なぜこのような病気になったのか、と自分自身に問う中で感じる痛み
・治らない病気を持つことになった自分の人生の意味とは何か、と自分自身に問う苦しさ
・命や自分らしさが損なわれていくことへの不安、恐怖
・取り除けない痛み、不安、恐怖と向き合うつらさ、苦しさ
・それでも、命が尽きるまで生き続けなくてはならないことへの疑問、苦しさ
人生100年時代になり、「スピリチュアル・ペイン」を抱える人は、これからますます増えていくと考えられます。高齢になり、社会、家庭での役割を失ってもなお生き続けることに意味を見出せず、苦しむ人も増えています。
超高齢社会は、命が尽きるまで生き続けること自体が「スピリチュアル・ペイン」を生む社会だともいえます。
介護職はまた、特に認知症を持つ人へのケアにおいて、「スピリチュアル・ケア」の視点が求められるようになります。
認知症となり、徐々に記憶があいまいになる不安や恐怖と闘いながら生きる人に対して、不安や恐怖から生じる「スピリチュアル・ペイン」をケアしていく。
それは、介護職という役割を超え、一人の人間として、「人生が持つ究極的な意味とは何なのか」をともに考えていくことなのかもしれません。
*緩和ケアって何? 緩和ケア医 山崎章郎(日本経済新聞 2019年1月12日)