買い物しにくいと感じる高齢者は、認知症リスク約1.7倍?!
家の近くに生鮮食料品店が「まったくない」と感じている高齢者の認知症のリスクは、生鮮食料品店が「ある」と感じている高齢者の約1.7倍――。2019年4月、東京医科歯科大学や千葉大学などの研究グループが、このような研究結果を発表しました(*1)。
これは65歳以上の高齢者約4万9,000人を対象にした、2010年から2013年まで3年間の追跡調査によってわかったことです。
さらに、同じ調査で、外出時の車の利用がない高齢者については、生鮮食料品店が「ある」と回答した高齢者に比べて、「ない」と回答した高齢者は、死亡リスクも1.5倍前後高いことが、すでに明らかにされています。
生鮮食料品店へのアクセスが悪いために、認知症リスクも死亡リスクも高くなる可能性があるというのです。
怖いことですが、在宅の要介護者をケアしている介護職の方の中には、もしかしたらそうした因果関係めいたものを感じている方もいるかもしれません。
認知症予防に期待!「0次予防」とは
環境によって健康状態が違ってくる。
それは、もちろん生鮮食料品店の有無だけでなく、様々な事柄との因果関係があることがわかってきています。
例えば、公共交通機関が発達している都市部の高齢者と比べると、交通の便が悪く車での移動が多くなる地方在住の高齢者の方が、下肢筋力の低下しやすいのは、よく知られていることです。また、お酒の自動販売機が多いエリアには、アルコール依存症になる人が多い傾向があるとも言われています。
こうした環境と健康状態の因果関係から、
「0次予防」という概念が生まれました。
これまで病気の予防は個人を対象に、健康を増進する「一次予防」、早期発見・早期治療の「二次予防」、悪化防止と再発防止の「三次予防」という考え方で行なわれていました。
これに対して、個人に働きかけるのではなく、
個人を取り巻く環境を改善しようというのが、「0次予防」の考え方です。
0次予防の考え方からすると、生鮮食料品店を一定間隔で設ければ、認知症リスクや死亡リスクが低減される可能性があるということになるわけです。
介護の現場ですでに実践されている「0次予防」
介護の現場では、以前から、環境を整える・改善することで、介護予防、要介護状態の維持改善を図る取り組みが行われています。
介護施設は、多くの場合、バリアフリーの構造になっています。わずかな段差でも転倒し、骨折するリスクがある、すり足の高齢者などへの配慮です。
一方で、あえて段差のある環境をつくっているデイサービスもあります。
わずかな段差ではなく、目に見える段差をつくることで、段差を通るときには意識して足を持ち上げることになります。足をしっかり持ち上げる癖をつけることで、下肢筋力の維持向上を図ろうというのです。
「おむつゼロ」の取り組みも、環境を変えることで要介護状態の改善を促す試みと言えるかもしれません。
要介護の高齢者におむつを使用せずにパッドだけで過ごしてもらい、トイレに誘導して用を足してもらう。そうすることで、歩ける人は歩行の機会が増えますし、車いすの人も用を足すたびに立ち上がり、便座に座る行為をすることになります。
1日のトイレの利用が8回前後あれば、ひと月に約240回、立ち上がり、便座に移乗し、再び立ち上がり、車いすに移乗するわけです。
この動作の繰り返しにより、下肢筋力がついて立位が安定したり、歩けるようになったりした事例もあります(*2)。
また、デイサービスなどで、レクリエーションに誘ってもなかなか参加しない人っていますよね。
そういう人は、レクリエーションに誘うのをあえて控えてみる。そして、周囲の利用者みんなが参加している楽しそうな様子を見てもらう。その方が、「やっぱり私も参加してみようかな」という言葉を引き出せることもあります。
これも「みんなが楽しそうに過ごしている」という環境の変化で、個人の行動を変える例と言えるかもしれません。
個人に働きかけてもうまくいかないときは、周囲の環境を変える、整えるという発想で考えてみる。
「0次予防」の考え方は、医療より介護現場での方がすでに実践できているのかもしれないですね。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*1近くに食料品店ないと思う人、認知症リスク1.65倍 大学調査(日本経済新聞 2019年4月10日)
*2おむつゼロ 自立の良薬(日本経済新聞 2019年4月19日)