いま、高齢者とのコミュニケーションの取り方に悩んでいる人が増えているとのこと。何に気をつけて高齢者とコミュニケーションを取ればよいかが、新聞で紹介されていました(*)。言葉はゆっくり簡潔に。一呼吸待つ。通常10秒で終えるやりとりに15秒かける。本人の気持ちをくむ。記事ではそんな心得が紹介されています。
毎日のように高齢者と接している介護職は、コミュニケーションを取るのが上手なはずです。しかし、業務に追われることが多い介護の現場。「一呼吸待つ」「本人の気持ちをくむ」といった配慮は、実はなかなか難しいかもしれません。
介護職の「声かけ」は高齢者に届いているか?
たとえば、介護職Aさんが声かけをして口腔ケアをしようとしても、拒否が強くて口を開けてすらくれない高齢者Cさん。介護職Bさんが声かけをすると、スムーズに口腔ケアを行うことができます。なぜでしょうか。文字にすると同じ「声かけをする」ですが、その内容が違っているからです。
介護職Aさんは、ベッドに近づきながら「Cさん、口腔ケアをしましょう」と声をかけます。Cさんが何も答えないうちに、介護職Aさんは手袋をはめた手を近づけ、「はい、口を開けてくださいね」と言います。Cさんは手袋をした手が近づいたので驚き、急いで口を閉じました。介護職Aさんは「Cさん、口を開けてください」と手袋をした手で、口を開けようとします。Cさんはますます驚き、介護職Aさんの手を払いのけました。
一方、介護職Bさんは、ベッドに近づき、Cさんの視界に入って正面から目線を合わせ、「Cさん、こんにちは。今日も顔色がいいですね。ご飯はよく召し上がりましたか」と声をかけます。「…(なかなか返事がない)…ああ、あなたね。ご飯は食べましたよ」とCさん。「そうですか。それはよかったです。これから、ご飯の食べカスをとって、口の中をきれいにしましょう。すっきりして気持ちが良くなりますよ」と、介護職Bさんは説明します。
Cさんは、「ああ、そう。でも今は休みたいの」と答えます。介護職Bさんは、「そうですか。では、出直してきますね」と声をかけ、時間をおいて再び声をかけます。今度は、「では、お願いします」との答え。そこで、介護職Bさんは、「口の中にバイ菌が入ってはいけないので、手袋をした手で口の中に触れます。驚かないでくださいね。では口を開けていただけますか」と声をかけました。Cさんは口を開けて、口腔ケアを受けました。
相手が受け入れたことを確認してからケアをする
2人の介護職のコミュニケーションの取り方の違い、おわかりいただけましたか? 耳が遠くなり、視野も狭くなっている高齢者に、離れた場所から声をかけても、聞こえていないことがよくあります。聞こえていても、自分に言っていると認識できていない場合もあります。視界に入って正面から目線を合わせて声をかけることが大切です。
また、声をかけられても、何を言っているのか理解するのに時間がかかる人もいます。反応がないときは、聞こえていない、理解できていない場合があります。「一呼吸待つ」必要があるのは、そのためです。
介護職Bさんは1回目の声かけのとき、Cさんが「今は休みたい」と言ったため、無理をせず出直しました。そして、再び声をかけて、Cさんが受け入れたときに口腔ケアを行いました。
忙しいのにいちいちそんなことをしていられない、という声をよく聞きます。しかし、「一呼吸待つ」「本人の気持ちをくむ」方が、拒否されてそれを何とかしようと手間取るより、よほど時間がかかりません。お互いの気持ちも穏やかでいられます。
ケアがスムーズにいかないな、と感じたとき。自分のとっているコミュニケーションが、相手にとって心地よいものとなっているか、一度振り返ってみては? 「一呼吸待つ」「本人の思いをくむ」は、忙しい介護職にとっても、ケアする上での大切なキーワードになるかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
*高齢者とのコミュ力アップの秘訣は 専門家に聞く 認めて褒める/行動せかさない(日本経済新聞 2016年1月21日)