介護のプロが冷静に介護できない――
介護職は、高齢者の介護を仕事とする専門職。当然、親など、身内に介護が必要になっても、適切に介護できるはず――。
介護職を取り巻く方たちはもちろん、介護職自身も、そう考えている方が多いかもしれません。
ところが、実際に親の介護をしてみると、
『冷静に対応できない』『イメージしていたような介護ができない』そう悩む介護職は少なくないようです(*)。
介護のプロが親の介護に悩む3つの理由
なぜ、身内の介護にあたったとき、介護職は「うまくいかない」と悩むのでしょうか。
一つには、
介護現場の事情をよく知っていることがブレーキになることがあるからです。
〈人手不足だとわかっているからこそ、無理を言えない。〉
〈制度上、できないことだとわかっているから頼めない。〉
〈この地域では手薄なサービスだから、希望しても利用するのは難しいとわかっている。〉など……。
何も知らない利用者家族なら、何の気なしに頼めることも、
「プロ」であるがゆえに頼めないこと、ためらってしまうことは少なくないと思います。
そのために、思い通りの介護が進めにくいと感じてしまうのかも知れません。
もう一つには、周囲から
「プロ」と見られることへのプレッシャーです。
「プロ」なのだからできて当然。
そんな視線の中で介護をするのは、職場での『仕事』としての介護でもやりにくいものです。
ましてや、「身内」の介護にあたるのでは、ギクシャクしてもやむを得ません。
それはもう一つの理由、
こころの距離の近い人の支援の難しさとも関係します。
こころの距離が近い人の支援は難しいといわれますが、それは介護に限ったことではありません。
保育のプロである保育士も、家では自分の子どもに対して、担当する園児のように客観的な視点を持って接するのは難しいといいます。教師も保育士と同様に、自分の子どもの教育には難しさを感じる人が多いと言われています。また、外科医は、身内の手術はしない・できないという話をよく耳にします。
こころの距離が近い人に対しては、どうしても「甘え」が出てしまいがちです。
言わなくてもわかってくれるだろう。これぐらい許してくれるだろう。
介護する側も介護される側も、お互いに、つい、そんな「誤った期待」を持ってしまいます。
こころの距離が近い人を、自分と切り離して別個の人間と考え、客観的な視点を持って支援するのはとても難しいことなのです。
介護職も「プロ」である前に一人の人間
その一方で、介護職は、
「正しい介護のあり方」をよく知っています。
介護を必要とする人に対して、どう対応するのが理想的かというイメージが自分の中にあります。
そうした「理想の介護」と「現実の介護」には、ギャップがあって当然です。
ですから介護職は、介護家族に対して、「頑張りすぎないようにしてくださいね」「完璧にやろうとしなくていいですよ」と、声をかけるようにしていることと思います。
しかし、いざ自分のこととなると、「完璧にやらなくては」あるいは「イメージ通りにできるはず」と考えてしまってはいないでしょうか。
それも、「プロ」としての自負が、理想と現実のギャップの存在を認めたくないという気持ちにさせるのかも知れませんね。
介護職が身内の介護を担うという点では、もう一つ別の問題として、親族の中で最も介護の担い手として期待されがちだという問題もあります。
実際、「他人の介護をするより自分の親を介護しろ」と言われて退職した介護職もいます。非常に理不尽な話だと思います。
「理想の介護」を自分で自分に課すこと。
人から押しつけられた「理想の介護」に応えようとすること。
この両方を手放せば、介護職も、身内の介護で悩むことは少なくなるのではないでしょうか。
介護職も
「プロ」である前に、一人の人間です。
こころの距離が近い人に介護が必要になれば、悩みますし、動揺もします。それは自然なこと。
悩んだり、嘆いたりすることをためらわず、どうか自然体でいてください。
そして、自分の力が発揮できるところで、専門性を活かした介護をしてもらえればと思います。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*親の介護、専門職でも悩み 知識あっても混乱 交流会で悩み打ち明け(毎日新聞2019年9月3日)