国が「科学的介護」のデータ収集へ
科学的裏付けに基づいた介護、いわゆる
「科学的介護」とは、果たしてどんなものでしょうか?
なかなかイメージしにくいですよね。
しかし今後は、「科学的介護」を意識する場面が増えそうです。
と言うのも、国が「科学的介護」の検証と共有への取り組み姿勢を明らかにしたからです。
2019年7月、厚生労働省の「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」が2017年10月からの議論の「取りまとめ」を発表(*)。
2020年度から、介護分野でのエビデンス(根拠)の蓄積と活用のために必要な「介護に関するサービス・状態等を収集するデータベース『CHASE』」の本格運用を目指すことが明らかになりました。
「CHASE」は、既存のデータを補完する、
介入方法や利用者の状態等のデータを集めたデータベース。
つまり、要介護認定情報や介護保険のレセプト情報などの「介護保険総合データベース」や、2016年度から収集を開始した「通所・訪問リハビリテーションの質の評価データ」以外の、介入や状態等のデータで、新たに構築されます。
利用者のサービス選択を助ける客観的情報がない現状
1990年頃から、医療分野では、EBM(エビデンス・ベースド・メディシン。根拠に基づく医療)が求められるようになってきました。
近年は、介護分野でも「サービス提供によって、目的としている効果が得られているか」を、客観的に評価・検証する仕組みが必要ではないかという声が上がっていました。
というのも、介護保険が始まって20年目になるというのに、未だ利用者がサービスを選択する際に役立つ、
介護サービスに関する客観的な情報が整理されていないからです。
それは、下記の各段階で、本来、提供されるべき情報だと、この検討会の冒頭で指摘されています。
●サービス類型の選択
●サービス事業者の選択
●サービスの利用頻度の選択
●そのサービス事業者が提供するサービスの具体的内容の選択
例えば、脳梗塞の後遺症で右半身に不全マヒ(力が入らない状態)がある、右利きの女性がいるとします。この女性が、リハビリを受けて、少しでも料理ができるようになりたい、と希望しているとしたら?
どのようなサービスが最適なのか、介護サービスについての知識・情報を持たない利用者がサービスを選択するのは、現状ではかなり困難です。
通所リハビリテーションがいいのか。訪問リハビリテーションがいいのか。アクティビティとして調理を行っているデイサービスがいいのか。訪問介護で一緒に調理をするのがいいのか。
それは、サービス類型についての情報と共に、個々のサービス事業者が提供している具体的なサービス内容の精度(どの程度、成果が上がるサービス提供を行えているか)についての情報がなくては選択できません。
介護サービス利用者のためのデータベース。その項目は?
そこで国は、利用者の最適な選択のためのエビデンスをそろえるため、これからデータ収集を行うこととしたのです。
検討会では、これまで蓄積されたエビデンスを整理し、今後、収集すべきデータの項目を検討。この7月に、「取りまとめ」で、
「総論」「認知症」「口腔」「栄養」の領域で、どのようなデータを収集するかを発表しました。
収集したデータを分析した研究の成果を介護事業者にフィードバックすることで、サービスの質の向上を図ることも意図した取り組みです。
「介護の成果」の科学的評価で、介護職の努力の評価にも期待
ただ、介護には医療のように、明快な「治療効果」が、介護職の間で共有されているわけではありません。
明快な治療効果とは、例えば、血圧(拡張期/収縮期)が120/180だった「高血圧症」の人が、治療を受けて血圧が80/120になり、正常に戻りましたね、というようなことです。
「取りまとめ」では、介護分野では「効果」についての共通認識が必ずしも存在しないこと、科学的に妥当性のある指標(ものさし)が確立していない場合もあることなどについても触れています。
また、詳細なデータ収集は現場に過度な負担をかけるため、加算算定の要件になっているものなどを優先的に活用していくなど、現場への配慮も示しています。
それでは、数値化できない状態を、どのように科学的に評価していくのでしょうか。
今回、データ収集の項目として挙げられているのは、例えば、栄養であれば、下記のような内容です。
●身長・体重
●栄養補給法
●提供栄養量_エネルギー
●提供栄養量_タンパク質
●主食の摂取量
●副食の摂取量
●本人の意欲
●食事の留意事項の有無
●食事の摂食・嚥下の状況
●食欲・食事の満足感
●食事に対する意識
●多職種による栄養ケアの課題
ここから、どのような分析が行われ、「科学的介護」としてのデータが示されるのかはまだわかりません。
「科学的介護」と聞くと、拒否反応を示す介護職もいるかも知れませんね。
しかし、介護の取り組みの科学的根拠を、一部だけでも示すことができれば、それはつまり、
介護職の努力の裏付けを示すことができるということでもあります。
そんな側面から、国のこの取り組みの行方を見つめてみてもよいのではないでしょうか。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*科学的裏付けに基づく介護に係る検討会 取りまとめ(令和元年7月16日 科学的裏付けに基づく介護に係る検討会)