毎回、介護にまつわる問題点やちょっと困った介護スタッフの珍行動、介護現場での珍事件などを紹介するこのコーナー。今週は、「良かれと思ってやったことが……」という話題について紹介します。
ベテランヘルパーでも悩む「臨機応変な介護」
どんな仕事にもマニュアルとなるべき指針は存在するが、人を相手にする仕事では、時に臨機応変な対応が求められるのが当たり前。相手がどうして欲しいのかを推し量り、それに応えるという大変難しい能力を必要とされる。
臨機応変な対応が求められるのは、介護業界でも同じこと。
関西地方でホームヘルパーとして働くタカダさんは、すでにヘルパー歴十数年というベテランだが、先日、「介護とは何か?」という大きな疑問にぶつかるケースに遭遇したという。
タカダさんがそのような思いに至ったのは、80代前半の男性利用者Yさんのお宅を訪問した時のことだ。
Yさんは足が弱く、なんとか自力歩行はできるものの、移動には介助を必要とする状態。定期的に病院に通わなくてはならず、薬を服用している。
食事指導を受けているYさんのため、“健康メニュー”を作るタカダさん
医師からは食事についても指導を受けており、タカダさんは医師の食事指導に沿ったメニューを作っているが、それがYさんの不満の種なのだ。タカダさんがいう。
「Yさんはお医者さんから、血圧や内臓の数値が悪いことを理由に、料理の味を薄くしたり、糖質や脂質を控えたりするように言われています。
しかしYさんは濃い味が大好きで、甘いものやギトギトした油ものが大好き。お酒も控えるように言われていますが、お酒も好きなのです。だから、私が健康的なメニューを用意すると、必ず不満を述べるのです」
普段は気難しいところなどまったくなく、タカダさんの子どもが大学に合格した時には、プレゼントを用意してくれたこともあったというYさん。ルールにより、ヘルパーが利用者さんからプレゼントを受け取ることはできないと伝えた際には、本当に残念そうな表情をし、タカダさんは酷く心を痛めたという。
そんなYさんにいつものように“健康メニュー”を用意したある日、こんなことを言われてタカダさんは返す言葉がなかったそうだ。
「食べたいものを食べて死ぬほうが幸せだ」
「私が作ったいつもの“健康メニュー”を見て、Yさんは深くため息をつき、
『私はもう人より長く生きたよ。こんなものを食べて、私に100歳まで生きろっていうのかい』
『子どもも立派に育ったし、孫の顔も見た。妻はすでに旅立ってしまい、向こうで待っている。それでもまだ我慢しなくちゃいけないのか?』
と、おっしゃるのです。
私はとっさに『まだお元気なんだから、長生きしてもらわなきゃ困ります』と言ったのですが、
『君にはまだ分からないかもしれないけど、死ぬってことは不幸じゃないんだよ。今さら元気になったってしょうがない。食べたいものを食べて死ぬほうが幸せだ』
と言われてしまいました」
結局、ケアマネジャーや担当の医師にYさんの意志を伝えたところ、医師からは「それなら好きなものを食べても構いません。ただし薬だけはきちんと飲んで下さい」という処置が下ったのだそう。
周囲の人間の「良かれと思って……」という行動が、本人にとっては苦痛になるということもあるようだ。
相手が本当に望んでいることを知るのは難しいこと。
タカダさんのように利用者さんに合わせた対応ができることも、介護職の素質の1つなのかもしれない。