アジアの国々には日本が介護の手本
日本国内においても、なかなか有効な施策が見つからない少子高齢化の問題。今後は、中国やインドなどでも、労働力の中核となる15歳以上65歳未満の「生産人口」が減り、65歳以上の高齢者の比率が高まっていきます。少子高齢化は、アジアの国々でも共通の課題なのです。
少子高齢化に有効な施策は打てていなくても、介護保険制度を創設して16年を経た日本には、これまでに培った介護のノウハウがあります。そこで政府は、今後、こうした国々に対して「日本型介護」を輸出しようというのです(*)。
▼アジア各国における生産年齢人口比率の推移
(通商白書 2010年版より)
介護の先進国と言えば、北欧諸国が思い浮かびます。しかし、アジアの国々にとっては日本がお手本であり、注目の存在だとよく言われますよね。それは、日本が高齢化対策の最先端を行っており、また、同じアジア圏であるため。北欧より、文化や生活習慣などに近しさを感じるからだと言います。
タイの介護の状況は
ところで、アジアの国々の介護の状況はどうなっているのでしょうか。
たとえば、タイ。日本に介護施設の視察に来たタイ人のある研究者は、タイでは、最期の時は自分の家で迎えたいという意向が強いと言います。病院に入院するのを嫌がる高齢者が多いようです。入院すると、家に帰れなくなるのではないかという思いがあるからです。
タイの介護施設は国営と民営がありますが、絶対的な数が不足しているそう。国営は無償で利用できますが、サービスのレベルが低いとのこと。民営だと、サービスレベルは国営よりは高いのですが、よりよい介護を受けようと思うと、それだけ利用料が高くなるとのことでした。
また、グループホームのようなこぢんまりとした家庭的な介護の場は、タイにはないそうです。日本で見学してみて、家具を持ち込んだりして自分の家のように過ごせる空間はとてもいいと感じ、印象に残ったそうです。ホテルのようにきれいなショートステイがあるなど、介護の場のバリエーションの多さにも驚いたそう。タイでも、こうした施設を作っていくことを提案したいと話していました。
「日本型介護」は中国で高評価
日本で、生活が困難な高齢者を受け入れて救済する「養老院」が作られたのは、明治時代のこと。そう聞くと、日本での介護の歴史は長いように思いますよね。しかし、実は「介護」という言葉が初めて使われたのは、1963年に制定された老人福祉法の条文だといわれています。
介護の国家資格である介護福祉士が作られたのは、さらに20年あまりたった1987年のこと。それ以前の介護は、家族や家政婦が担っていた「生活の世話」とは異なる専門性が、明確にはなっていませんでした。それから、2000年の介護保険制度の開始を経て約30年。この30年の蓄積を、日本は今後、海外に向けた大きな“売り物”にできるでしょうか。
たとえば中国。中国では、2012年末時点での高齢化率が9.4%です。今後、急速に高齢化が進み、2050年までに総人口の3分の1が高齢者になると言われています。中国では、介護は家族が担うものという意識が強く、介護施設への入所には抵抗が大きいといいます。しかし、「一人っ子政策」により1億人いるといわれる一人っ子の第一世代が、そろそろ40歳代にさしかかります。家族介護が困難になる状況が近づいているのです。さらにいえば、認知症への対応など介護のノウハウは十分ではなく、介護施設も非常に不足しています。
日本から中国に進出したある介護事業者は、きめ細やかな認知症ケアを提供し、高い評価を得ています。現地の事業者より高い料金設定にしても、質の高い介護が受けられるという評判が広まり、ニーズは高く、提携を求める中国企業からの引き合いも多いそうです。
大手の介護事業者に就職した場合、介護施設における人事異動の先が中国やタイ。近い将来、そんな時代が来るのかもしれません。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
*政府、日本型介護輸出後押し アジア向け公的融資や研究施設 (日本経済新聞 2016年4月22日)