介護報酬を上乗せして、介護職の給与水準を引き上げる「介護職員処遇改善加算」。この加算が効果を発揮し、2015年度は、一部の事業所で最大1万3000円、介護職の給与が上がったことはすでにお伝えしました(詳しくはこちら)。
これに加え、政府は人材不足が深刻化している介護職と保育士の賃金を、2017年春から引き上げる方針を明らかにしました(*1)。公費を投入し、介護職の給与は月額約1万円、保育士は約1万2000円引き上げるというのです。
介護職だけが特別扱いでいいのか
介護職の賃上げでは、すでに2016年4月から別の助成制度もスタートしています(*2)。定期昇給制度を導入し、離職率が下がった介護事業者に対し、最大200万円を支給する制度です。そして今回、さらに公費をつぎ込んでの1万円の賃上げです。
給与が上がるのはもちろん歓迎すべきことです。
ただ、新聞報道によれば、定期昇給制度導入の助成には約12億円。今回示された保育士、介護職の賃金の引き上げには、約1200億円の予算がかかるとのこと。国民から税金として広く集めたお金が、保育士、介護職という特定の職種につぎ込まれるのです。給与水準が低い職種は他にもあります。なぜ、介護職、保育士だけが特別扱いされるのか。介護業界の中でも、こうした施策を疑問視する意見があります。
雇用管理の研究者の中には、そもそも介護職の給与水準が低いというのは正しくない、と指摘する人もいます。勤続年数や学歴、年齢などの条件を同じにして他の職種と比べると、介護職の給与水準は“中の上”だというのです。
介護職の本来の仕事とは何か
ある介護事業者は、人材不足で採用できない、採用してもすぐに辞めてしまうと嘆く事業者について、経営側の努力が足りないからではないか、と指摘しています。といっても、経営側の努力とは“給与水準の引き上げ”だけを指しているのではありません。経営側がやるべきなのは、介護職が本来なすべき仕事に取り組むことができ、その意義を感じられる環境を整えることだといいます。
では、介護職が本来なすべき仕事とは何でしょうか。三大介護と言われる、食事介助、入浴介助、排泄介助でしょうか? この事業者はそうではないといっています。こうした介助は、高齢者との関係を深めていく“手段”に過ぎないとのこと。介護職は高齢者のお世話をするのが仕事ではなく、その人ができない部分に手を貸して、自分でできるようにサポートすること。サポートすることで、その人がやりたいことを実現することが、介護職の本当の仕事だというのです。
多くの介護事業者、および介護職は、三大介護をはじめとした“身の回りの世話”を介護職の仕事だと思い違いしてしまっている。そして、身の回りの世話をいかに効率的にこなすかを考える。だから、介護はいつしか、一方的に上から利用者を「管理」することになってしまう、というのです。
働き続けたい職場になっているのか
「人の役に立ちたい」と考えて介護職になった優しい人たちが、人の管理ばかりをやらされていたら、仕事に意義を感じるのは難しいでしょう。自分のやっていることに疑問やむなしさを感じ、辞めたくなるのも無理はないのかもしれません。
平成26年度の「介護労働実態調査」によれば、介護職の離職理由の上位3つは以下の通りです(*3)。
1位 職場の人間関係に問題があったため
2位 法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため
3位 他に良い仕事・職場があったため
「収入が少なかったため」という理由は4位でした。それより注目してほしいのは、法人の理念や運営への不満が2位に入っていること。この調査に携わっている研究者は、これは、他業界ではまず選択されない理由だと指摘しています。しかも、正規職員、非正規職員に関わらず、この理由が2番目に多いという事実。
それだけ「思い」を持って、介護という仕事に取り組んでいる介護職が多いということです。その思いを実現できる職場環境になっているかどうか。給与水準の引き上げも大切ですが、それ以前に、まず介護職が働き続けたいと思える職場なのかどうかを、経営側は見直すべきではないでしょうか。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
*1 保育士の月給1.2万円上げ 来春、政府・与党方針 定昇導入に助成金 (日本経済新聞 2016年4月22日)
*2 介護事業者の定昇導入で助成 厚労省、最大200万円 (日本経済新聞 2016年2月14日)
*3 平成26年度「介護労働実態調査」の結果(介護労働安定センター)