高齢者虐待減少のキーポイントは「内部通報」「相互チェック」
毎年、厚生労働省から高齢者虐待に関する調査結果が公表されています。
その件数は年々増加し、2018年度は介護施設や居宅サービスの介護職による虐待件数が621件、家族等による虐待件数が1万7,249件でした(*1、2)。
件数の増加は、必ずしも高齢者に対する虐待そのものが以前より増えているからだとは言えません。児童虐待もそうですが、一般社会で「虐待」という認識が高まるにつれて『通報件数』は増えるもの。それに伴って、『虐待と判断される件数』も増えていくのです。
グラフ 2018年度の介護施設等の従業者による虐待件数(相談・通報/虐待判断)(単位:件)
出典:「養介護施設従事者等による高齢者虐待の相談・通報件数と虐待判断件数の推移」(平成30年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果)(2019年12月24日 厚生労働省)
介護職による虐待については、相談・通報者2,506人(※)のうち、その施設の職員からの相談・通報が541人と最も多くなっています。
(※複数からの通報があるため、相談・通報件数2,187件と一致しません)
これは、もしかすると、これまで見て見ぬふりをしてきた職員による虐待を、勇気を持って内部告発する職員が増えてきたということかもしれません。
互いのケアを相互にチェックし合える環境があれば、虐待は減っていくでしょう。
しかし、それだけでは、問題の解決には至らない場合もあります。虐待の原因が、虐待する職員個人にあるのでなく、
職場自体の問題であるケースもあるからです。
強いストレスが弱者への虐待やハラスメントにつながる?
虐待とはそもそも、一般に、最も弱い立場の人に対して起こるものです。
高齢者に対する虐待が起きている職場では、多くの場合、虐待をする職員に対して何らかの強いストレスがかかっています。そのストレスが、最も立場の弱い、養介護高齢者に対して発散されているのです。
高齢者への虐待が起きていなくも、ストレス度の高い職場では、何らかの問題が起きている可能性があります。ストレス発散の対象となっているのは、職場の中で力を持たない新人職員かもしれません。介護職以外の職員かもしれません。
つまり、職場でのいじめ、ハラスメントにつながる可能性があるのです。
不本意ながら、職場内で誰かのストレスをそうして受け止める人がいることで、高齢者への虐待に至っていないケースもあるのではないかと思います。
どんな職場がつらい?ストレス度が高い職場の特徴とは
虐待には、身体的虐待、介護等放棄、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待があります。
ストレス度の高い職場では、ハラスメントとして「心理的虐待」が起こることがあります。仲間はずれにしたり、情報を遮断したり、聞こえよがしに悪口を言ったり。言葉や態度で誰かを攻撃し、あるいは無視することでストレスを発散し、カタルシス(すっきり感)を得ようとするのです。
では、ストレス度が高い職場とはどんな職場でしょうか。
ギリギリの職員数で運営している施設などは、どうしても仕事に追われてしまい、ストレス度が高まりがちかもしれません。
しかし、それ以上にストレス度が高いのは、職員同士のコミュニケーション量が乏しく、
互いに思いやりが持てない、信頼関係も築けていない職場ではないでしょうか。
極端に言うと、こんな職場です。
周りの誰も信用できない。頼れない。優しくしてくれる同僚もいなければ、優しくしてあげたいと思える相手もいない。
そんな職場で働くのはとてつもなくストレスです。
虐待防止には職員がストレスなく働ける職場づくりを
そこまで極端ではなくても、同僚や上司に頼りたいのになかなか頼れない、相談したいのに相談できる相手がいない、そんな環境で働いている介護職もいるのではないでしょうか。
誰にも守ってもらえない環境では、『自分のことは自分で守らなくては』という自己防衛の気持ちにとらわれてしまいます。たまったストレスはどこかで、誤った形であっても、発散しないといられなくなるかもしれません。
介護の職場で、高齢者への虐待が起きないようにと考え、体制を整えることは大切です。
しかし同時に、職員同士が
つらいときに「つらい」と言える環境か、「つらい」と言ったら助けてもらえる
職員同士の関係が築けている職場なのかについても、考えてみることが大切です。
最も弱い人にしわ寄せが行く前に、もっともっと早い段階で手を打つこと。
まず、職員がストレスなく心穏やかに働ける職場環境を、自分たちでつくっていってほしいと思います。
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*1 平成30年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(厚生労働省 2019年12月24日発表)
*2 高齢者施設の虐待が過去最多 621件、大半は認知症(日本経済新聞 2019年12月24日)