2018年3月、2016年度の高齢者施設での虐待件数が過去最高を更新したとの発表がありました。10年連続の増加です(*)。
記事によれば、社会的関心が高まって通報件数が増えたことや、深刻な人手不足が一因とあります。
「高齢者施設の雰囲気の違い」は何が原因?
高齢者施設を訪れたとき、一歩足を踏み入れただけで施設による雰囲気の違いを感じます。
わさわさとして何となく落ち着かないところ。穏やかな空気が流れているところ。大きな声が飛び交っているところ。静まりかえって入所者の息づかいが感じられないところ。静かだけれど和やかさが感じられるところ。この違いはどこからくるのでしょうか。
一つには、設備のしつらえです。リノリウムの床にプラスチックやスチール素材のテーブル、イスが置かれていると、どうしても冷たい雰囲気になりがちです。
そうした目から入る情報も、認知症を持つ人などを不安にさせるとされており、最近では、床や壁、家具などに木材を使用し、温かみのある空間づくりをする施設も増えてきました。
もう一つには、職員数です。近頃は特別養護老人ホームなどの公的施設でも、基準の人員配置である、利用者3人:職員1人の割合ではとても対応できないことから、2:1は当たり前、中には1.5:1以上の配置をしているところも増えてきました。
職員の人数が多ければ、それだけゆとりを持って入所者に対応しやすくなるでしょう。
施設の雰囲気に最も影響するのは、介護職員のマネジメント
しかし、実は最も大きく施設の雰囲気に影響しているのは、理事長や施設長、フロア長、介護長などによるマネジメントではないかと思います。
入所者一人ひとりを大切にする。そうした方針は多くの施設が掲げています。それは基本であり、大切なことです。しかし、大切にすべきなのは入所者だけではありません。入所者をケアする職員こそ、マネジメントを担う立場にある人は意識して大切にしなくてはなりません。
人は自分が大切にされていると感じられれば、他者に対しても優しくなれます。反対にいえば、自分がないがしろにされているのに、他者に優しくできる人は決して多くありません。
マネジメントを担う立場にある人は、「入所者を大切に」という方針を掲げる一方で、一人ひとりの職員の持つ良さを正しく評価し、大切に思っているのだということを、言葉と行動の両方でしっかりと伝えていく必要があるのです。
それができていないのに、ただ職員配置を増やしても、おそらく大きな違いは表れないでしょう。
職員数を増やすだけでなく、まず職場の風土づくりを
温かな雰囲気の施設は、職員一人ひとりを大切にすることがまず間違いなくできています。
理事長がボーナスのたびに全職員に感謝の手紙を書くという施設もあります。全職員が、職場の上長と月1回必ず面談をし、悩みや困りごとを相談できる体制を整えている施設もあります。職員同士、互いの良いところを見つけたら、カードに書いて渡すことにしている施設もあります。
マネジメントを担う立場にある人、そして職員が、互いの良さを認め合い、大切にし合う風土。誰でも、そんな風土の職場で働きたいことでしょう。
記事によると、高齢者施設での虐待の原因は、「教育・知識・介護技術などに関する問題」「ストレスや感情コントロールの問題」が多数を占めているとのこと。十分な教育をされないまま、過重な仕事を担い、精神的、技術的なフォローもされていないということかもしれません。
介護業界では、人手不足の問題がクローズアップされがちです。人手が足りないから教育ができず、余裕がないから周囲に配慮もできないという方もいるでしょう。しかし、問題は職員の人数だけではないはずです。
忙しい中でも、同僚へのちょっとした感謝やねぎらいの言葉、そして笑顔があるだけで、職場の雰囲気は変わります。それはほんの少しの心がけでできることです。
職員同士が互いを思いやる穏やかな雰囲気になれば、入所者の雰囲気も徐々に変わっていきます。気持ちが落ち着き、手がかからなくなることもあります。
虐待や職員同士のいじめがない職場を望むなら、ぜひ一度職場の風土づくりに目を向けていただければと思います。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*高齢者施設 虐待最多…16年度452件 人手不足一因(毎日新聞 2018年3月10日)