介護現場への調査から見た高齢者虐待の原因とは?
2019年4月、東京都品川区の有料老人ホームで、入所者の男性が職員からの暴行による出血性ショックで亡くなるという事件がありました。
介護施設での職員による入所者への虐待は、厚生労働省の調査でも年々増加していることが明らかになっています。
▼グラフ1 介護施設等の従業者による虐待件数(相談・通報/虐待判断)
出典:「要介護施設従事者等による高齢者虐待の相談・通報件数と虐待判断件数の推移」(平成29年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(2019年3月26日 厚生労働省))
虐待が起こる原因について、上記の調査では「教育・知識・介護技術等に関する問題」が60.1%で最も多く、「職員のストレスや感情コントロールの問題」が26.4%、「倫理観や理念の欠如」が11.5%と続きます。
一方、介護職の労働組合である日本介護クラフトユニオン(NCCU)も、2016年に組合員に対して、高齢者虐待に関する調査を行っています。
この調査によると、虐待が起こる原因として考えられるものは、「業務の負担が多い」という回答が54.3%と最も多く、次いで、「仕事上のストレス」48.9%、「人材不足」42.8%という結果でした。
厚生労働省の調査は市町村と都道府県を対象に実施していることから、介護職対象に調査を実施したNCCUの調査の方が、介護現場の実態を表していると言えるかもしれません。
1人でストレスを抱え込む傾向が強いのは「男性」
厚生労働省の調査では、興味深い結果が2つ明らかになっています。
ひとつは、
介護施設で虐待を行った者の性別を調べると、男性が相対的に多いということです。
下記のグラフはその結果を示したものですが、介護労働安定センターの調査によると、「介護従事者の男女比」は男性が22.3%なのに対して女性は75.0%。
一方、この厚生労働省の調査で明らかになった「虐待者」は男性が54.9%、女性が42.6%と、女性より男性の方が多いのです。
▼グラフ2 介護従事者と虐待者の男女比の比較
出典:「虐待者の性別と介護従事者の性別の比較」(平成29年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(2019年3月26日 厚生労働省))
同じ調査で明らかにされていることですが、家族などの養護者による高齢者虐待も、最も多いのは40.3%の息子、続いて21.1%の夫と、男性が6割を占めています。ことさら性差を問題にすることは慎むべきですが、「男性×介護」については、検討すべきことがあるように思います。
よく言われるのは、ストレスが高まっても、男性は抱え込みがちだということです。
女性は、周囲に愚痴をこぼしたり、助けを求めたりというストレスを下げる行動をとりやすいと言われています。
これに対して男性は、ギリギリまで周囲に助けを求めず、一人でなんとか解決しようと努力する傾向があるといいます。
ストレスが高まっていないか、周囲のスタッフが意識的に声をかける。
相性の悪い入所者の担当からはずす。
そうした配慮は、男女どちらに対しても求められますが、抱え込みがちな傾向のある男性介護職には、特に過度なストレス状況をつくらない環境を整えることが、虐待予防につながりそうです。
介護現場では誰も孤立させないこと―チューター制度も効果的?
厚生労働省の調査でもう一つ興味深いのは、
虐待を行った職員の年齢です。
男女比と同じく、介護労働安定センターの介護従事者に関する調査結果と、厚生労働省の虐待に関する調査結果を年齢階層別に比較すると、下記のグラフの通り、男性では特に30歳未満の若い層に虐待者が多いことが明らかになっています。
反対に男女とも、40~49歳の年齢層は相対的に虐待者が少ないこともわかります。
▼グラフ3 男女別に見た「介護従事者」「虐待者」の年齢階層による比較
出典:「虐待者と介護従事者の性別と年齢の比較」(平成29年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(2019年3月26日 厚生労働省))
ここで示されている40~49歳の職員は、介護業務歴が必ずしも長いとは限らないかもしれません。
しかし、40代の介護職員は、少なくともある程度の人生経験を積んでいます。
突発的な出来事への対応力や、怒りの感情を自分なりに制御する「アンガー・マネジメント力」も、30歳未満の介護職より身につけていることが多いと思います。
そこで、そうした職員を、
若年職員のチューター(相談役)としてペアにし、対応の難しい入所者等への接し方を共に考えていく態勢などがあってもいいかもしれません。
介護職による虐待の背景に、過度な業務負担やストレスなどがあるのは事実でしょう。しかし、それが原因のすべてではないはずです。
ストレスを抱えた職員の思いを理解し、受け止められる先輩や同僚がそばにいれば、虐待の引き金になりそうな出来事が起きたとしても、虐待にまで発展しないですむように思うのです。
在宅の介護者支援では、
孤立無援にしないことが大切だと言います。
介護職もまた、誰にも頼れない、愚痴もこぼせないような孤立状況を作らないことが、虐待防止につながるのではないかと思います。
*肋骨4カ所骨折、背後から激しく暴行か 品川介護施設殺人(産経新聞 2019年5月23日)