介護者が知恵を持ち寄る「認知症ちえのわnet」
「認知症ちえのわnet」をご存じでしょうか(*)。
認知症のある人の様々な症状への対処方法についての情報を、投稿で共有するサイトです。
家族介護者、介護職などの専門職からの投稿が多数寄せられています。
ユニークなのは、よく見られる認知症の症状に対する対処方法の投稿が一定数集まると、その対処方法の「奏効確率」(うまくいった確率)が示されることです。
投稿されるのは、例えば、
「薬を飲み忘れる」ことへの対処方法として、
「お薬カレンダーの活用」がうまくいったかうまくいかなかったか、など。
そうした対処方法の投稿が集計されるのです。
「薬を飲み忘れる」という認知症の症状について、サイトには4つの対応方法が表示されています。たとえば、「カレンダー(薬カレンダー含む)を利用する」という方法についての投稿は49件。そのうち、「うまくいった」が46.9%、「うまくいかなかった」が53.1%などのように、その方法の「奏功確率」が、グラフと共に表示されます。
さらに、画面をクリックすると、投稿者が書いたより詳しい状況を見ることができます。
認知症ケアに名案なし?!効果のある対応は『当たり前』
このサイトで紹介されている方法を見ると、介護者が悩まされがちな認知症の症状に対する、魔法のような解決策はないことがわかります。
奏功確率が高い方法を見ていくと、「薬を飲み忘れる」ことへの対応は「薬を本人に手渡しできる体制を作る」(92.3%)。
「同じことを何度も聞いたり言ったりする」については「あえて同じ説明の仕方をくりかえす」(61.5%)。
「食事を食べたことを忘れる」については「食べたことを説明する」(71.4%)というような具合です。
普段から認知症のある人と接している介護職などから見れば、ある意味、どれも当たり前の対応であり、名案というわけではないかもしれません。
しかし、結局のところ、認知症のある人のケアは、
丁寧にその人の不安を取り除く対応を続けることが良いのだと改めて感じました。
同じことを何度も聞く人にホワイトボードは効果的?
「同じことを何度も聞いたり言ったりする」ことに対しては、「目立つ黒板のような物を用意してそこに書く」という対応方法も掲載されています。
認知症を持つ当事者として知られる、オーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんは、かつて、朝起きると、今日が何日で、どんな予定があるのかを思い出せず、不安でたまらず、何度も日付や予定を家族に確認していたと語っていました。
そこで毎朝、ご主人に、その日の日付と予定をホワイトボ-ドに書いてもらうことにしました。それからは、朝起きたときにホワイトボードを確認すれば不安にとらわれることがなくなったそうです。
しかし、「認知症ちえのわnet」では、この対応方法は、「うまくいかなかった」が100%となっていました。
『解決する』ための道具ではなく『負担を減らす』ためのツール
うまくいかなかったのはなぜか。サイトを確認してみると、一人の投稿者は、「ホワイトボードを見てくれないため活用できなかった」というコメントを書いていました。
ホワイトボードを見る、という行動が定着しなかったのですね。
認知症の状態によっても、どのような対処方法が適しているかは変わってきます。
また、ホワイトボードのような道具は、使い方によっても奏功するかどうかは違ってきます。
実はこのホワイトボードの活用は、筆者も心理士としての勤務の際、認知症のある人をケアする家族によく勧めている対処方法です。
ただし、勧めるときには、『ホワイトボードを活用したら聞く回数が減る』とは伝えません。
そうではなく、認知症のある人から質問されたとき、ホワイトボードを指し示すことで、説明する回数を減らすことを目的とします。
そして、この対応をくりかえすことで、ホワイトボ-ドを見ることが習慣化すれば幸い、と考えるのです。
介護職のみなさんも、魔法のような解決法がないことは日々のケアの中で実感していることと思います。
認知症のある人の不安を丁寧な対応で取り除くことで、結果として安定して過ごせてもらう。
ホワイトボードのような道具も、解決方法としてではなく、『負担を軽減するツール』として活用していく。
そんな考え方で、認知症ケアに取り組んでいけるといいのではないかと思います。
(文中の「認知症ちえのわnet」について数値は、2020年3月21日現在)
<文:介護福祉ライター・社会福祉士・公認心理師・臨床心理士 宮下公美子>
*認知症ちえのわnet