大企業の中で将棋の駒のように動かされて働くことに疑問を抱き、運輸会社を辞め、福祉の専門学校に3年通って、介護福祉士の資格を取った郡司知幸さん。第2回は、有料老人ホームのホーム長として見て、感じてきたこの世界について、語っていただきます。
○●○ プロフィール ○●○
郡司知幸(ぐんじ・ともゆき)さん/福祉タクシー いるか雲代表
1993年、ヤマト運輸㈱に入社し、8年間、経理、お客様相談センター、国際関係の部署に勤務。2001年に退社し、上智社会福祉専門学校入学、2004年卒業。特定非営利活動法人 楽 ひつじ雲の立ち上げメンバーを経て、同年大手介護事業者に入社。有料老人ホームのホーム長をつとめ、2013年 福祉タクシー いるか雲開業。介護福祉士、国土交通省関東運輸許可事業 関自旅二第2217号
福祉タクシー いるか雲
自由度が高いホームでありたい
ホーム長時代も利用者様の送迎はよく担当した。車椅子の乗せ降ろしは日常的な作業。
――恩師の施設立ち上げを手伝ったあとは、大手の有料老人ホームに就職することになりましたね。
はい、管理職を募集していたので、応募しました。当時はもう30歳を超えていましたし、着実にこの世界で実績を作っていきたいという思いもありました。就職後、1年間はホーム長補佐として働き、その後、ホーム長としていくつかの施設を異動しながら勤務しました。
――噂によりますと、どのホームでも、女性の利用者さんに人気だったとか。
いえいえ(笑)。今でこそ、男性の職員は多くなりましたが、就職した当時は男性も少なかったですしね。珍しかったのでしょう。ただ、ホーム長という立場ですと、現場で利用者様に関わる時間はそう長くない。ホームの運営管理や労務管理が主な仕事なので、そちらに時間を取られます。もう少し現場にいる時間が長いといいなぁ、と思っていました。
――郡司さんが運営するホームは、どういう特徴がありましたか?
とにかく、利用者さんの笑顔があふれる施設でありたいと思っていました。それぞれにご事情があって入居されるのですが、どんな理由があっても、ホームは第2の自宅です。私たちは家族の代わりとなり、安心して楽しく暮らせる環境を作らなければなりませんし、そのための関わりを目指していました。自宅では、規則なんてないですよね? ですから、できるだけ決まりは作らない。最低限、食事の時間は決めてありましたが、あとは、ご本人が過ごしたいように過ごしていただくようにしました。
――それを実現するのは、意外に大変ですよね。職員側に、利用者様の心を察する力や、臨機応変に対応する力が求められます。
そのとおりですね。けれど、現実にはなかなか……。私自身も、学校を卒業して間もないうちにホーム長になり、現場職員としてのスキルが足りないな、と思う時期もありましたが、現場の方も、思うほど介護ができていないな、と感じることも多かったです。経験が浅い人には全部教えなければならないですし。「認知症とは何か」「介護の理念は」という知識の面でも、人によってずれがあり、オムツの当て方などの実務も、人によってスキルがバラバラなのです。現場に入ってしまうと多忙で、学ぶ時間が少ないのだから、あえて実習に参加するような気概のある職員が多いといいのですけれどね。いろいろ強く言い過ぎるのも、立場上難しく、人間関係に悩むことも多かったです。
利用者様やそのご家族とも密な関係を作りたいと思うのですが、関わる方が多くて行き届かず、もどかしい思いをすることも多かったですね。
移動支援でランチクルーズにも挑戦
考えた末に、大手介護事業者のホーム長を退職。この写真は職員が開いてくれた壮行会でのスナップ。花束をもらった。
――そんな中でも、「自由に、楽しく」をどう実践されていたのでしょうか?
当初はいろんなチャレンジをしましたよ。「ホームの外の空気を吸いましょう」とお話して、ディズニーランドに行ったり、ホテルのバイキングに出かけたり。東京湾を巡るランチクルーズに行ったこともありました。有料の施設ですから、利用者様も、入居前はさまざまな体験をされてきた方が多く、レクリエーションもこうしたものが喜ばれました。
お連れするのは、たしかに大変なんです。けれど、利用者様の顔が輝いているのを見ると、お連れしてよかったと、その度に思いました。人生の中での楽しい経験が、後の生活を支えるのだな、とも実感しました。
けれど、当時は制度もどんどん変わり、企業としての仕組みも変えていかねばならない時期で、そうした移動も少なくならざるを得なかったですね。介護度が重い方が優先となり、ホームで看取りを希望される方が増えてきて。そうなると、外にお連れする余裕もなくなってきた。また、役所の監査制度もあり、自由度を高くすることに重きを置けない環境にもなってきました。
――そうした思いの積み重ねが、郡司さんを独立へと向かわせたのでしょうか?
そうですね。
自分の持っている能力で、どんなことをして差し上げられるのだろうと考えました。ホーム長時代から、利用者様の病院への付き添いで、車を運転することも多かったですし、自然と介護タクシー(福祉タクシー)で開業しようと考えるようになりました。
次回は、介護タクシーの開業のいきさつなどをうかがいます。