■書名:老いた親を愛せますか? それでも介護はやってくる
■著者:岸見 一郎
■発行:幻冬舎
■発行年月:2015年12月10日
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アドラー心理学の第一人者が語る「認知症介護のヒント」
本書は、70万部のベストセラーとなった「嫌われる勇気」の著者で、アドラー心理学の第一人者である岸見一郎さんが、自らの実体験に基づいて書かれた一冊だ。
岸見さんの母親が脳こうそくで倒れたのは、岸見さんが大学院に入ったころであったという。献身的に入院生活を支えたが、約3カ月後に母親は49歳の若さで亡くなった。それから年月を経て、岸見さんが母親の享年を超えたころに、今度は岸見さんが心筋梗塞でダウン。岸見さんは、看病する側・看病される側の両方を経験したことになる。
そしてその後、次は認知症を患った父親を引き取り、父の介護生活がスタート。本書では、母の看病生活、父との介護生活で気づいた老いた親とよりよい関係を築くコツを全四章にわたって紹介している。
第一章では主に、母親の看病生活について書かれている。第二章~第四章では、父親の介護体験が多く綴られている。
本書では、具体的な介護技術のハウツーや心構えなどについては書かれていない。ただ、介護生活の中での気づき、親との関わり合いのヒントを、岸見さん独自の目線で記している。例えば一部を紹介すると、下記のようなものだ。
<認知症の親を援助するためには、子どものほうが生産性で親の価値を見ないようにし、何もしない親を受け入れることが必要です>
<認知症の回復とは、これやあれやについての記憶を思い出せるようなることではなく、自分が置かれている状況や、自分がこの世界においてどんな対人関係の中にいるのかを理解できることなのです>
<(認知症の)父の時間に過去形はありません。現在形だけを使います。父には現在形だけしかないと考えると、父の言動がよく理解できることに気づきました。(中略)現在形の世界に生きていても、そのことを躍起になって正す必要はありません>
<もうろくは濾過(ろか)器。わけがあって、あることを忘れ、あることを心に留めている>
親との介護生活に悩む人だけではなく、介護に携わる人全員に通じることではいだろうか。また、利用者の家族との会話のヒントにもなりそうだ。
そして、介護の仕事を始めたばかりの人は、利用者との良好な関係づくりに悩む人も多いと思われるが、そのような人にぴったりな言葉はこれだ。
<介護を始める時には、最初から仲良くするというような高い目標を挙げないで、大きなトラブルは避け平穏に暮らすことを目標にすることから始めるのがいいでしょう。(中略)達成できるところから始めて少しずつ関係を変えていけばいいのです。初めは、せめて同じ空間に穏やかな気持ちで一緒にいられるというようなことです>
各項目の終わりには、エッセンスとなる言葉が記されていて、それを読むだけでも勉強になる。
また、本書の終盤では、安心して長生きができる社会として、「できる人ができる時に他者を援助する社会」を理想として挙げている。介護をとりまく現状には厳しいものがあるが、この本の中で何ができるかについて考えることが大切、と岸見さんは締めくくっている。
著者プロフィール
岸見一郎(きしみ・いちろう)さん
京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。現在、明治東洋医学院専門学校教員養成学科、柔整学科(教育心理学、臨床心理学)、京都聖カタリナ高等学校看護専攻科(心理学)非常勤講師。日本アドラー心理学会認定カウンセラー、日本アドラー心理学会顧問。著書に『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)、『アドラー 人生を生き抜く心理学』(NHK出版)などがある。