2016年の後半、高齢ドライバーの運転による死亡事故が続き、高齢者、特に認知症を持つ高齢者の運転免許に注目が集まりましたよね。2017年3月から改正道路交通法が施行され、75歳以上の高齢者に対しては、免許更新時と交通違反を犯したときの対応が厳しくなります。具体的には下記の通りです。
高齢者の運転に関わる改正内容とは
【3年に1度の運転免許更新時】
・全員が「更新時認知機能検査」を受ける
・「更新時認知機能検査」の結果、「認知症の恐れ」(第1分類) 、「認知機能低下の恐れがある」(第2分類)、「認知機能低下の恐れなし」(第3分類)の3つに判定される
・第1分類の場合、「臨時適性検査」を受けるか、医師による診断書の提出を義務化
・「臨時適性検査」または医師の診断書で認知症があると診断された場合には、免許取り消し
・第1分類で医師の診断により認知症ではないとされた高齢者と第2分類の高齢者は、実車指導と個別指導など計3時間の「高齢者講習」を受ける
・75歳未満の高齢者と第3分類の高齢者は、実車指導など計2時間の「高齢者講習」を受ける
【信号無視などの交通違反があったとき】
・必ず「臨時認知機能検査」を受ける
・その結果、「認知症の恐れがある」とされた場合、「臨時適性検査」を受けるか、医師による診断書の提出を義務化
・「臨時適性検査」または医師の診断書で、認知症があるとされた場合には、免許取り消し
・「臨時認知機能検査」の結果、認知症の恐れはなくても、結果が以前より悪くなっている場合は、実車指導1時間と個別指導1時間の「臨時高齢者講習」を受ける
【臨時認知機能検査・臨時高齢者講習を受けない・診断書を提出しない場合】
・一定の基準に従って、免許の取り消しや停止を行う
改正道路交通法には問題がいろいろある
しかしこの改正、実は、様々な問題があることが指摘されています(*)。
まず、認知症かどうかを診断する医師の不足。診断を受ける必要がある高齢者は、年間4~5万人にも達するといわれています。認知症専門医は全国に1500人ほどしかいない状況で、警察庁はかかりつけ医による診断も認める方向です。
ここで問題になることが2つあります。一つは、認知症について専門的な研修を行っていない医師が、果たして正しく認知症かどうかを判定できるのかという問題。もう一つは、本人をよく知るかかりつけ医が、免許を取り上げることになる認知症の診断を心情的に下せるのかという問題です。
認知症の診断は、本来、生活状況の聞き取りと、認知機能検査、MRI画像や脳血流画像診断に基づいて下されるものです。しかし、脳画像を見ても専門医でなくては正確な診断は下せません。そのため、現状では、かかりつけ医では生活状況の聞き取りと認知機能検査、もっといえば、生活状況の聞き取りだけ、あるいは、認知機能検査だけで認知症という診断を下す場合もあるようです。それが正確な病状を判定した診断となっているのか、疑問が残ります。この部分については、かかりつけ医に対する認知症の研修が進められているようなので、改善を期待したいところです。
また、免許がなくては暮らせない地域では、免許を取り上げたら生活が成り立たなくなることが明白な高齢者も少なくありません。でも、本人となじみの関係にあるかかりつけ医が認知症の診断を下せるのかという指摘があります。住民との関係が密な地方の場合、ないとは言えない話です。「あそこの医者にかかると免許を取り上げられるぞ」などという評判が立ち、患者が減ることを恐れる医師もいるのではないかという指摘もあります。こちらは受診先の選択肢が多い地域の場合、ありそうな話です。
1万円を超える高額の診断料を支払えるのかという問題もあります。マイカーという足を失い、生活が成り立たなくなる高齢者をどう支えるのかという問題もあります。在宅の高齢者を支えている介護職の方は、特にそれを感じているのではないでしょうか。また、75歳未満で認知機能の低下が疑われる人にはどう対応するのか、という問題もあります。
介護職の方は高齢の利用者の家族から、危ない運転を続けながら免許の返上を拒否して困っている、と聞かされることもあるのではないでしょうか。困り果てている家族からは、免許を取得できる下限年齢が法的に決められているのだから、上限年齢も法律で決めてほしい、という意見も聞こえてきます。
改正道路交通法によって、高齢ドライバーの様々な問題がすべて解決されるわけではありません。高齢ドライバーについては、さらにまた議論を進めて、よりよい対応を国民全体で考えていきたいものです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
* 高齢ドライバーの重大事故 認知症チェックに課題(毎日新聞2016年12月5日)